日本ボロ宿紀行

ボロ宿にあこがれ、各地のボロ宿を訪ねています。

広島の宿

「ボロ宿」というのはけして悪口ではありません。
歴史的価値のある古い宿から単なる安い宿まで、ひっくるめて愛情を込めて
「ボロ宿」といっています。自分なりに気に入った、魅力ある宿ということなのです。
もともと、できるだけ安く旅行をしたいということから行きついた結果ではありますが、
なるべく昔の形を保って営業している個性的な宿を応援していきたいと思います。
湯治宿や商人宿、駅前旅館など、郷愁を誘う宿をできるだけ訪ねて、
記録に残していくこともいずれ何かの役にたたないかなと‥‥。

近代化した新館前に残された旧館の建物が魅力的 [広島・可部 ふろや旅館]

広島に可部という町があって、この前でかけてきました。始発ののぞみで広島駅に9時到着。午前中に仕事を終えて日帰りするというスケジュールでした。


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広島駅からクルマで行って可部付近を通りかかると、かなり古い家が目についたので、用事が済んだあとにまっすぐ帰らず、ちょっとそのへんを歩いてみることにしました。


可部という土地を訪ねるのは初めて。まったく知識がないので、まずは可部駅に行ってみました。一見かなり近代的な新しい駅なのですが、線路を渡って券売機の前あたりは古い駅舎がそのまま残っているような感じ。なかなか風情があります。

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とにかくクルマから見て、古そうな町並みがあったあたりをめざすことに。距離感がまったくわからなかったのですが、10分も歩かないうちにけっこう渋い通りに出くわしました。可部はどんな歴史を持った町なのでしょうか。何となく古い街道筋のような街並みが続きます。すごく懐かしい感じの通り。


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期待通り旅館もありました。「ふろや旅館」。

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もとは銭湯だったのでしょうか。すでに廃業したのかどうかわからないまま写真を撮っていて、ふとその古い建物の向かいに目をやると「ふろや旅館」新築バージョンが。残念ながら古い建物はやめて、建て替えた近代的な宿として営業しているようでした。もし古いほうの建物に泊まれるのなら、特に用がなくても泊まってみたいところでした。

あとで調べたところ、地下30mからくみ上げた天然水をお風呂に使っているようなので、そのへんが名前の由来なのかもしれません。

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よく見るとそのほかにもビジネス旅館やホテルなどが何軒かあります。たぶん昔は何かの産業が栄えていたか、交通の要衝であったかして、それなりに需要があったところなのでしょう。あとで調べてみたのですが、よくわかりませんでした。


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とにかく思わぬところで風情のある町を発見してうれしかったので、そのへんをやたらと歩きまわりました。普通の住宅街もなかなかいいです。


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私が通った道は駅の別の出口に続く通りで、駅前にもありました。「ホテルリッチ」。

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インターホンで受け付けを呼ぶという、画期的な方式。名前とはちょっとギャップを感じますが、たぶん安くて便利そうです。どういう人が利用しているのでしょうか。建物は近代化されております(笑)。

悪いクセなのですが、こういう知らない町を歩いていると、なんとなく帰りたくなくなります。実際、これまでも予定外のところに突然泊まってしまうことがたまにありました。この日はどうしても日帰りする必要があったので、残念ながら可部線の電車に乗って帰りました。

[ふろや旅館](2011年2月見学)
■所在地  〒731-0221  広島県広島市安佐北区可部2-39-21

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クーラーなしで悶々とした一夜を過ごす。夕食には絶品ラーメンライス [尾道 佐藤旅館(後編)]

「佐藤旅館」に到着して、玄関口から声をかけても誰も出てこないので、同じ建物の別の方面にある食堂のほうに回ってみました。声をかけるとそこに女将さんがいて大量の洗濯物を畳んでいました。

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この女将さんは思ったより若い感じで元気が良く、ものすごく働き者でした。しかし一晩過ごしてみて感じたのですが、細かいところまでは手がまわらないというか、せっかちでものすごく動き回っているのに空回りしているというか、そんな印象を受けました。

部屋まで案内する途中、トイレの場所やお風呂の場所を聞きながら、3階の部屋に到着。想定もしていなかったのですが、クーラーがありませんでした。そのかわり扇風機がありました。「この暑い時期にしくじった」と思って逃げたくなりましたが、港にも近いこの家で、3階の風通しのいい角部屋だし、夜はすこしは過ごしやすいだろうと思い、あきらめました。

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それに古びた部屋の感じが、夏休みに海の近くにある田舎に帰ったような雰囲気で、なかなか好印象でした。現在、このブログのタイトルバックに使っております(笑)

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窓が開け放してありますが、それでも暑い。なにはともあれお風呂にいってみましたが、私が独り暮らしをしていたアパートの風呂よりさらに狭いようなユニットバスでした。お風呂あがりに食堂に行きました。食事は食事処になっている1階の店舗部分でとります。ほかに2人のビジネス客らしき客がいました。

食事は刺身と鯛のあら煮とサンマの塩焼きなど。港町らしい素朴なメニューです。しかし驚いたのは、ビールを飲み終わってごはんを頼んだら、出てきたのがラーメンライスだったことです。しかもかなり本格的な尾道ラーメン。あのしょっぱさがラーメンライスに最適です。この日の夜、宿を抜け出してラーメンを食べてやろうと思っていたのですが、その必要がなくなりました。

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旅館の食事でラーメンライスを食べたのは初めてですが、実に良かったです。この食堂だけはクーラーがきいていたので涼しかったし。

部屋に戻ると日は落ちているのにまだまだ暑い。窓を開け放っておくしかないのですが、電灯をつけると虫が入ってくる恐れがあるので、暗いままで過ごしました。テレビをつけて見ると、音声はするのものの画面は人影がわかる程度。古い室内アンテナなのでしょう。開け放した窓からはすぐ近くの山陽本線の線路を走る電車の音も聞こえてきます。

朝から歩き回って疲れてもいるし、もう早く寝るしかないな、と思い、扇風機を抱えながらうつらうつらしていると、つけっぱなしのテレビから聞こえる「えびぞうさ~ん、まおちゃ~ん、おめでと~~」という意味不明のフレーズが、夢の中でも延々とリピートされていました。

夜中にふと起きて、5分くらい歩いたところにあるローソン行きを決行。ペットボトルのお茶を凍らせたやつがあったので、「これは便利」とばかり、缶コーヒーなどとともに買って帰りました。それでも寝苦しさは変わりません。日頃エアコンをかけっぱなしの生活をしているので、ちょっと暑いと適応できないやわな現代人。

夜中にトイレにも起きました。トイレは2階にあります。もう深夜なのでパンツ一丁ででかけると、私の部屋に続く階段とは別の階段から足音がします。誰かおりてくるような、降りてこないような、逡巡しているような足音です。しばらくようすをうかがっていましたが、何者かの気配は消えないので、もしかして地縛霊か何かがいるのならチェックしてみようと思って、その階段を上がっていってみました。するとそこには食堂にいたほかの客が、やはりパンツ一丁で立っていました。トイレに起きたのですが、人の気配がするのでこの格好ではまずいと思って去るまで待っていたのでしょう。人騒がせなやつです。

そんなこんなで寝苦しい一夜を過ごしたあげく、5時前には起きてしまいました。早くも窓からは朝日が差し込んでいて、この日も暑くなりそうでした。

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寝苦しい一夜を過ごした夢の跡。扇風機はないよりましという程度でした。

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朝食も同じ食堂へ。朝からけっこうボリュームがあり、なかなかけっこうでした。このほかに後から納豆が出ました。食事中も女将さんは、冷たいお茶を持ってきたり、まだ食べ終わっていない食器を片づけようとしたり、店の前の植木に水をやったり、バタバタと動き回っていました。

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朝食後に女将さんに「この宿はだいぶ古いんですか」と聞いてみると、「94年」という答え。以下、その時の会話。

私「すると戦前からの建物ですか」
おばちゃん「そう、戦前になりますね。もう建物も古くて、直し直しなんとかやってますけどね。私は直接は知らないけれど、終戦直後は外地からの引き揚げ者で大混雑したと聞いてますよ」
私「ここは駅にも近くて便利だし、繁盛したんでしょうね」
おばちゃん 「そうでもないけど、元はこの宿のすぐ前を栗原川が流れていて、常連のお客さんはみんなすぐそこで釣りをしたりしてね。今は国道2号線の付け替えで、埋め立てられてしまったけど」
私「もしかして、こんな大きな宿をひとりでやってるわけですか」
おばちゃん「いやいや、主人はもう亡くなったたけど、近くで息子が料理屋をやっているので、忙しい時は人を出して手伝ってくれるから大丈夫。今度も20人くらい若い人の団体がくるけど、手伝いがきます。食事なしならいいけど、なにしろ食事の準備が大変ですからね。息子はいったん家を出たんだけど帰ってきてくれたからね。安心ですよ」

そんな話しを聞いてみると、少しのひまもなく働き続けている女将さんのおちつかない感じも、何となく許せるというか、逆に尊敬したいような気持になりました。年を取っても体が動くうちは働くという尊い気持。そのことが若々しさの維持につながっているのかもしれません。なるべく長くがんばってほしい。

この日は東京に帰ることにしていたので在来線で福山まで行き、新幹線に乗って一気に帰りました。福山の乗り継ぎで時間があったので、お城も見学。こっちは再建とはいえ歴史的背景をもった立派な城でした。福山駅の名店街には変なさるがいたので思わず写真を撮ってしまいました。

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売り物ではなかったけれど、この猿ほしかったな~。尾道にはぜひまた行きたいと思っています。

[尾道・佐藤旅館](2010年7月宿泊)
■所在地 〒722-0037 広島県尾道市西御所町3-1
■楽天トラベルへのリンク→佐藤旅館
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クーラーなしで悶々とした一夜を過ごす。夕食には絶品ラーメンライス [尾道 佐藤旅館(前編]

大崎上島からフェリーに乗って竹原に到着。時間帯はお昼過ぎくらいで、竹原の港には竹原駅を通るバスがいたのですぐに乗り込みました。まったく初めての町。広島本土に上陸したのでひと安心です。駅に向うバスの車窓から「日本橋旅館」というすばらしい宿を発見。営業しているとしたらぜひ泊まってみたいところです。

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竹原駅前にもいくつかいい感じの宿があり、なかなかの古い町だということがわかります。駅で調べると呉線の普通列車には1時間くらい時間があったので、ここで軽くお昼を食べようと駅前商店街を歩いてみました。結局あまり店はなく、ようやく見つけた寿司屋に入りました。

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お昼時でしたがほかに客はなく、おばちゃんが「今日は蒸すねぇ」というので、そういわれてみればそうだと思って生ビールも飲みました。いわれなけばビールを飲み忘れるところでした。この日は朝から歩きまわっていて汗をかいたので、ビールがすごくおいしい。

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この日は尾道に泊まるつもりになっていたので、旅館のリストを見て、駅から3分という便利な立地の「佐藤旅館」というところに電話してみました。すごく元気な感じのおばちゃんが電話に出ました。

私「今日、お願いできますか。ひとりなんですが」
おばちゃん 「泊まりですか。大丈夫ですよ。食事はどうされますか」
私「お願いしたいんですけど、到着時間がよくわからなくて、もしかしたら6時過ぎるかもしれない」
おばちゃん「遅くても大丈夫です。そしたら到着してひとっ風呂浴びて、それから食事ということでいいですね」
私「そんな感じでお願いします」
おばちゃん「部屋は6200円の少しゆったりした部屋と、6000円の部屋が空いていますけど、どちらにしますか」
私「じゃあ、広いほうでお願いします」

あっさり宿が取れたのでひと安心。午後は尾道に移動してゆっくり過ごすことにしました。竹原駅からJR呉線で三原まで出て、山陽本線で尾道に。時間的には1時間かそこらだったような気がします。

尾道駅について観光案内所で市内の地図をもらい、ふと山を見上げると天守閣らしきものが見えました。「尾道に城なんてあったっけ?」と思いましたが、あとで調べると観光天守で、すでに廃墟化しており、廃墟マニアの間では有名な物件らしいです。歴史的な背景は何もないけれど、異様に目立つ存在感。弘前城をモデルにして作ったということです。建築時に誰も反対しなかったのでしょうか。

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何はともあれ、ついにあこがれの尾道に到着。20歳過ぎくらいの時にバイクで通り過ぎたことはありますが、じっくり散策するのは初めてです。市街地のすぐ前が海で、さらに狭い海峡の向こうに島々。私の育った環境ではまったく目にすることがない珍しい風景で、それだけでも異文化エリアにきたという感じがします。古代から中世には、漁民や海賊がこの海域を自由に行き来していたのでしょうか。

私の世代で尾道というと、普通は大林宣彦監督の「尾道三部作」を連想するのですが、私はむしろ「東京物語」の世界にあこがれるので、そっちのモノクロ風景を思い起こしてしまいます。

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この映画の原節子は、リアルでは知らないけれど実に良かった。行き場所のなくなった義理の両親を東京のボロいアパートに迎えて、隣から借りてきたお酒をごちそうするシーンとか。もちろんさりげなく出てくる尾道の風景も。

実際に尾道の町についてみると、どうしてこんな平地のないところに大きな町ができたのか不思議な感じがしました。町の背後はすぐ山になっていて、平坦な土地は海に沿った非常に細長いエリアしかありません。

そのかわり、すぐ対岸に島があります。島にも平地は少ないですが、全般的に気候が温暖で住みやすい土地だったのでしょう。安全な海もあり、魚介類もたくさん取ることができたはずです。そういうことで古くから人が住み着いたのでしょうか。

市街地に向かってちょっと歩くと、やはり古い町らしくいい宿を発見。「旅館泰平館」。営業しているみたいなので、こっちにすればよかったかなと思いました。

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後ろ髪を引かれつつ、さらに少し海沿いに歩くと、対岸の向島に行く福本渡船の乗り場がありました。できたらちょっと渡ってみたいなと思って看板を見ると、運賃は60円。運航時間は「ひんぱん」と書いてありました。

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確かによく見ると、すぐそこに向島側の船着場が見えていて、泳いでもすぐ行けそうな距離です。すでに船がこちらに向かっているのが見えたので、たいして待たなくても乗れそうです。

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土地の人の気軽な足として昔から利用されているのでしょう。料金も安いし面倒な手続きもありません。ただ船に乗り、向島側で60円払うだけです。向島側の料金所は崩れそうな小屋があるだけでした。人が乗るスペースは両サイドの細長いベンチ。なかなか合理的にできています。この時の乗客は主婦とか、高校生が多いような気がしました。

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向島から見た尾道の市街地。山にへばりついた町だということがよくわかります。例の天守閣も見えます。

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桟橋付近には温泉宿や住宅がありましたが、あとは大きな造船所があるばかり。ちょっとそのへんを一回りしてすぐに市街地に戻りました。そしてしばらく歩くと、またも別の船乗り場を発見。こっちは尾道渡船。100円と少し高くなっていますが、渡った先に映画「あした」のロケ地などがあるというので、この際、こっちにも乗ってみました。

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こっちの船のほうが、向島の中心街に近いところに着くようで、ターミナルも大きく、ロケ地の跡や、すごく風情のある古い町並みもありました。この町並みも探求したかったのですが、向島はけっこう大きい島なので、ゆっくり見学するには時間が必要なようです。今回は尾道市街に集中することにして、三たび尾道市街に戻りました。

次に向かったのが、千光寺新道という坂道。石段の上に、志賀直哉が一時住んでいた長屋の跡が残っているというので行ってみました。途中の石段も大林映画「転校生」などのロケに使われたそうです。坂の途中の迷路のような坂道は、まさに「尾道三部作」で見たような風景でした。

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志賀直哉の旧居は、眺めのいい高台にあって、付近は公園になっていました。坂の上で車も入れないような不便なところですが、でも景色はいいし住む場所としてはすごくいい感じのところでした。現代人としては、大型冷蔵庫やグランドピアノなんかを買った時はどうやって運べばいいのか、考えてしまいました。

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毎日こんな景色を見て暮らせたらどんなにいいか。この日は夏らしいまぶしいような晴天。でも雨の日なんかも風情がありそうです。回りには寺もいくつかあるので夕方には鐘の音が大きく響きそう。内部も見学できるようなので入ってみるとこんな感じでした。

6畳と3畳の続き間と、かまどくらいしかありません。でもすごくいい感じの長屋です。縁側から港の風景が眺望できます。昼寝なんかしたらすごく良さそうです。ここの留守番をしていたおっちゃんがいろいろ解説をしてくれたあと、「外は暑いで、まあちょっと休んでいきませんか」というので、入り口付近のベンチで少し話しをしました。

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私は志賀直哉という人は「暗夜行路」を読んだだけで、それ以外どんな小説を書いていたかもよくわかりません。おっちゃんの話しによると、親とケンカしたか何かで突然東京を脱出し、知人の紹介でこの家に移り住んだそうです。食事などの世話は長屋の隣に住む老夫婦の奥さんがしてくれたそうで、そうであれば炊事の心配もないし、のんびり暮らせたのかもしれません。「志賀先生の小説は、難解な表現がなく、とてもわかりやすいといわれています」といってました。そういわれても、まったく覚えておりません。この家で書いたという短編を含む文庫本が、ここの売店に置いてあったので一冊買ってきました。

私もこんな家に1か月くらいでも滞在してみたいと思いました。パソコンがあればなおいいですが。

そのあと山をおりて再び市街地のアーケード街を散策。古くからの商店街のようで、渋い店が多く、銭湯を改造したおみやげ屋もありました。

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尾道というと林芙美子もゆかりがあるそうです。林芙美子も「放浪記」を読んだくらいで名前しか知りません。私の中では森光子のイメージしかないというか‥。林芙美子の両親が旅商いをしていた関係で子供時代は山陽地方の木賃宿を転々とし、尾道では少し落ち付いて学校にも通ったそうです。事実上の故郷。だからこんな銅像がありました。

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さらに「喫茶 芙美子」もありました。暑くて何か飲みたかったので、ここに寄ってかき氷を注文。昔のカフェーの女給みたいなコスプレをした店の女性が「林芙美子が住んでいた部屋が保存されているので、よろしければ見ていってください」というので、喫茶店の裏にあるボロ部屋を見学しました。2階には執筆をしていたという部屋もありました。

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志賀直哉の旧居といい、今はめったに見かけないボロい部屋ですが、落ちつける感じがします。つい最近の終戦直後までは、こんな家が当たり前にあったのだとつくづく思いました。

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そういうわけで、いろいろ市内を歩き回っているうちに6時を過ぎたので宿に向かいました。「佐藤旅館」は駅のすぐ近くですが西側にあたり、市街地は東に広がっているので反対方面になります。

外観はこんな感じ。木造3階建ての古そうな建物ですが、あちこち手を入れているらしくそんなに古く感じませんでした。

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今から思えば、3階の窓が開いている部屋が、私が寝苦しい一夜を過ごした部屋ということになります。今回はあまりにも写真が多いので、続きは後編に持ち越します。

[尾道  佐藤旅館](2010年7月宿泊)
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宿の裏には波が洗う入り江の船着場。重厚な木造3階建て [大崎上島 徳森旅館(廃業)]

木江の古い町並みが残る路地を出たあと、今度は町の中心街に向かってみました。

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だいぶ歩いて疲れたし、暑くて汗だくだし、どこかに喫茶店でもあればいいな、でもないだろうな、と思いながら歩きました。百貨店はありましたが、もう廃業しているみたいな感じです。人通りはあまり多くありませんが、自転車にのった小学生ぐらいの子供が、「こいつは何者か?」とうかがうような感じで、「こんにちは」とはあいさつしてきました。

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この通りの先にめざす「徳森旅館」を見つけました。この旅館は今は営業していませんが、最近までやっていたそうです。そもそも大崎上島に渡ろうと思ったのは、この宿を見てみたいと思ったからです。だいぶ手間取りましたが、ついに目的の宿を発見することができました。

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思った以上に重厚で風格を感じる木造3階建ての宿です。造船や風待ち港としてにぎわっていた頃は、木江でも最高の宿として知られていたのだと思います。こんな宿が商売をやめてしまったなんて、本当に惜しい。

さらにこの宿が変わっているのは、宿の裏に入り江が入り込んでいて、船着場になっていることです。小さい船なら付けられる感じなので、実際に船でやってくるお客もいたのかもしれません。ここの3階の部屋から港を眺めて、のんびりくつろいでみたかった。

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宿の前は厳島神社。なかなか立派な社殿がありました。木江には金比羅様もあったし、広島本土と四国側と、両方の人間が入り交じり、交流が盛んだったことがわかります。

しかし喫茶店はやはりなさそうです。お金をおろすために郵便局を探している時に、スナックとか焼肉屋なんかはありました。「ニュー カープ」(笑)。でもこの店もやっているのかどうか。

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木江の町全体が、ちょっと寂れ傾向にあるのかもしれません。集落は海岸に迫った山と海の間の狭いスペースに密集していて、山の中腹にも家がたて込んでいます。フェリー乗り場から離れた港の付近では、船関係の作業場の廃墟みたいなのもありました。

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木造5階建ての建物もありました。これも宿だったのでしょうか。こんなのは初めて見ました。

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小学校の廃墟というか、校門を発見。二宮金次郎と校門だけが残っていました。金次郎先生も、どこか寂しげ。 

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とにかくどこかで休みたいと思って歩いていると「くみあいマーケット」を見つけました。地元の人向けの貴重なスーパーマーケットでしょう。もはやドトールなんかはありそうもないので、ここで休むことにして、缶コーヒーと「モナ王」を買いました。鮮魚売場には鯛のアラなんかがたくさんあって、おもしろかったです。

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「モナ王」はでかいのでふだん一気食いしたことはないのですが、ここでは残してもしょうがないのでバス停のベンチに座って全部食べてしまいました。

さっきあいさつしてきた自転車の子供が、マーケットの前の入り江で孤独に遊んでいます。平日の午前中なのに学校に行かなくていいのでしょうか。本当は「モナ王」を半分あげたい気持でしたが、変に子供に因縁をつけると、最近は不審者扱いされる恐れがあるのでやめておきました。

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町を一回りしましたが、とにかく古い家が多く、私にとっては夢のような町でした。とてもすべての写真は紹介しきれません。繁栄の痕跡が随所に見られ、しかし時代は変わってしまった。そんな寂しさがつくづく迫ってくる集落でした。しかしある程度見てしまうと時間をつぶす場所がありません。しかたないのでフェリーの待合室に戻りました。

もう昼近いので、2時間くらい歩き回っていたことになります。それでも大三島の宮浦港に渡る船が出るまでまだ2時間以上あります。そこであらためて考えたのですが、2時から大三島に渡ったとしても、生口島、因島と無事に渡っていけるかどうかわかりません。交通手段を見つけられず、どこかで宿を探すとしても、島では思うように行かないおそれもあります。

翌日にはどうしても東京に帰らなくてはならないので、とにかく本土に渡って、そのまま大都会・尾道に一泊する安全策を考えました。本土に渡ってしまえばどうにでもなります。その気になれば、尾道サイドから因島に渡ってみることも可能。

待合室の窓口におばちゃんがひとりいたので、「早く広島本土に渡るにはどうすればいいのでしょうか」と聞いてみました。するとおばちゃんは「木江からだと3時くらいまで竹原に渡る船はない。でもバスに乗って垂水か白水に行けば、フェリーがいくらでも出ているので、30分以上待つということはないはずだ」ということでした。

結局、この通りの作戦でいくことにしました。バス停も待合室のすぐ外にありました。「垂水か白水」というのは、おそらくもっと本土側に近い港だと思ったので、それらの港に行くバスの時間をバス停で確認することにしました。バス停のそばにじいちゃんがひとり座っていたので、「地元の人が待っているということは、わりとすぐにバスが来るのではないか」と期待して聞いてみました。

しかし、じいちゃんは「わしゃあ、バスを待ってるんじゃないけんのう。時間はわからんのう」と。ただバス停のところに座っていただけのようです。バス停はフェリーの埠頭のすぐそばで、荷物の揚げ下ろしに使うのか、海中に続く階段が付いていました。

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珍しいと思って、この階段の写真を撮っていると、待合室からさっきのおばちゃんが駆け出してきて、「あんた、あのバスにのればいいんじゃないかな~」と叫んでいます。振り返ると、私がいたバス停とは反対側の少し離れたバス停にバスが来ています。

おばちゃんに「ありがとう」と叫びながら、私も走ってバスに向かいました。運転手さんは私が手を降って駆け寄っていくので、待っていてくれました。バスに乗り込んで行き先を確認。

私 「このバスは垂水か白水まで行きますか?」
運転手さん 「行きます。フェリーですか?」
私 「はい」
運転手さん 「竹原?」
私 「はい」
運転手さん 「それなら白水で降りるといいですね」

ということで、どうやら竹原行きのフェリーが出る大きな港に行けそうなので、やれやれと安心しました。すべてあの待合室のおばちゃんのおかげです。「ああいう世話焼きのおばちゃんが日本中にいて、いろんな細かいことに気を配っているおかげで、日本の安定した平和な社会があるのだ」とつくづく思いました。バス停にいたのんきなじいちゃんも、奥さん頼みで生きてきたのかなあなど‥‥。

このバスにも小学生がたくさん乗っていましたが、みんな降りる時に私に「こんにちは」と挨拶していきます。やはりこのへんでは、「通りがかりの大人にはあいさつしましょう」という指導があるみたいです。東京あたりでは危険を避けるために、知らない人とは口を聞かない傾向が強い中で、なかなか感動的な光景でした。

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バスは海岸沿いを反時計回りに走っていきます。海沿いを周回するバスみたいでした。海の風景もすばらしかったけれど、集落もいくつかあって、古い家もたくさんありました。いい感じの旅館も多かったのですが、やはり営業している感じではありませんでした。

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しばらく乗っていると「フェリー乗場」という看板が見えたので、運転手さんに「ここで降りればいいわけですね」と確認すると、「いや、ここは垂水で、次のフェリーまで1時間くらい待つので、この先の白水で乗ったほうがいいです」といわれました。フェリーの時間まで把握しているなんて、プロフェッショナルな運転手さんです。

白水についたのでお礼をいってバスを降りました。

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白水は広島本土への玄関口らしく、木江とは比較にならない大きな港でした。ターミナルの前には営業している旅館もあり、待合室には売店や立ち食いうどんもありました。船も大きいです。運転手さんがいう通り、ここでは10分くらいで船に乗ることができました。

時間が許せばもっと滞在したかった大崎上島を後にします。船が島を離れていくと、何となく寂しい気分になるのはしかたありません。今度いつまた来れるのか、と思ってしまいます。

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下の写真は島の全景。観光協会のHPからお借りしました。大きな島が大崎上島で、そのほか無数の小さい島があります。左側のちょっとへこんだ海岸線のところが木江で、手前や右側の集落が集まっているようなところが垂水や白水。手前側が北で広島本土になります。私は木江から白水まで、島の南方から北に向かって半分ほど回ったことになるわけです。

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こういう地理感覚もあとでわかったことで、当日はほんとうにてきとうに歩いていました。私はあまり知識を入れないで出かけて、現地でいろいろ発見したいと思うほうなのです。しかし今回は地図も見つけられなかったし、交通手段にも困りました。やっぱりもう少し下調べして出かけないとダメかなあ、と思いました。

[大崎上島・徳森旅館(廃業)](2010年7月見学)
■所在地 〒725-0401 広島県豊田郡大崎上島町木江273-1
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明治・大正の歓楽街がそのまま残された寂しくて懐かしい通り [大崎上島 玉屋旅館(廃業)]

大崎上島の木江港に歩いて到着。昨夜は船を降りて、すぐに迎えの車に乗ったので、周辺をよく見るひまがありませんでした。あらためて見ると、船着場の正面に待合室とチケットを販売する窓口があり、その角を入る道が中心市街地に続いているようです。

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この通りを少し行くと左横に入る路地を発見。ここに観光案内看板が出ていたので、入ってみることにしました。昔は栄えた町並みだということです。古い町並みはそれなりに有名なようで、あとでネットで調べると、けっこう記事がありました。

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路地を入るとすぐにここはとんでもないところだとわかりました。海に沿った幹線道路と、海岸に迫っている山にはさまされた裏通り。古い家がいくらでも並んでいました。まずいきなり崩れかけた廃墟出現。

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何か商売をしていた家かもしれません。続いて食堂跡。看板はほとんど読めませんが、中華そば、うどんなどと書いてあります。その並びは商店の廃墟でしょうか。

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さらに古い町並みは奥へと続いています。海岸沿いを歩いている時はまぶしかった日射しが、狭いこの通りではあまり差し込んできません。ちょっとひんやりと薄暗い感じの道が続きます。

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「CAFE RUMI」は看板のあとだけ残っていました。明らかに商売はやっていません。しかしこの通りは、繁華街というより、昔の歓楽街のにおいがします。

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旅館も2軒続いてあったのでびっくり。こんなのがあるとは知りませんでした。

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「玉屋旅館」と「三島屋旅館」です。こんないい宿があるという情報はどこにもありませんでした。しかし問題は営業しているかどうか。誰か住んでいる感じだし、営業しているならぜひとも泊まってみたい宿でした。もう一泊この島に泊まってもいいというくらい。

向かいの八百屋で現地の奥様方が井戸端会議をしていたので、聞いてみました。

私 「この家は今でも商売してるんですか?」
おばちゃん 「いやあ、もうやってない。みんな年取ってしまった(笑)」
私 「そうですか。それにしてもなかなかおつな通りですね」
おばちゃん 「昔はすごくにぎやかなもんだったよ」

しばらく旅館にみとれていると、そのうちの一軒からばあちゃんが出てきて、どこかへ出かけていきました見ているとさらに細い路地を海側に曲がって、ゆっくり歩いていきます。しばらくすると戻ってきました。いったいどこをお散歩してきたのでしょうか。

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このばあちゃんは、宿の女将をやっていた人かもしれません。まだ元気なんだから旅館をやってくれればいいのに、などと勝手なことを思いました。

とにかく残念なことです。木造3階建てで手すりのついた渋い家もありました。クモの巣がはってましたけど、けっこうゴージャスな造りなので、娼家か何かだったのかもしれません。2階の手すりから遊女が手を振っていたら、船乗りのにいちゃんたち、大興奮だったでしょう。

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飲食店などもほとんど廃墟化しており、営業している店は食堂が1軒あるくらいでした。

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食料品はいくつか現役で商売をしていて、「木江食料企業組合」という不思議な店もありました。狭い路地をはさんで向かいの建物との間に青いテントを張って、日射しを防いだりしています。ゴーストタウンのようにも見えるこの路地にも、まだ実際の生活が生きていることが感じられます。

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ずっと行くと、再び海岸沿いの道に出たので、また同じ路地をもどって、今度はさらに裏に入ってみました。金比羅様の神社もあって、石段を上がって振り返ると路地の間に海が見えます。家と家の間は細い路地になっていて、現代の日本とは思えない、なつかしい雰囲気がただよっていました。金比羅様に上がると、すぐそばの海を見通すことができます。

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風情というより、凄惨な感じがする廃墟もありました。時代が変わって、たくさん来ていた船乗りが来なくなったので、そのまま放置されてしまったのでしょうか。

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こんな家をいくつも見ながら、もともとの大通りに戻ると、周囲が急に明るく感じ、夢から覚めたような気分でした。「タイムスリップしたみたい」などとよくいいますが、本当に明治、大正の歓楽街そのままではないでしょうか。時間帯はまだ朝でしたけど、夕暮れ時に軒先の古い電球が灯り、歓楽を求める船乗りたちが、にぎやかに集まっているようすを想像してしまいました。

あとで調べたところ、幕末からすでに風待ちの港としてそれなりににぎやかな港だったようです。また木造造船も大正時代には需要が多く、繁栄していたようでした。

確かに今の高性能の船にとっては、風待ちの港など不要だし、海運自体、陸上輸送にずいぶんとって代わられています。島の歓楽街が成り立っていく背景が失われてしまったのでしょう。でもその当時の雰囲気がそのまま残っているのは、本当に奇跡的だと思います。

[玉屋旅館](2010年7月見学)
■所在地 広島県大崎上島町木江地区
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海水のようなしょっぱいお湯と絶景露天風呂 [大崎上島 きのえ温泉 ホテル清風館]

今治から船に乗って大崎上島に到着したのは夕方6時頃。船が接岸するのとほぼ同時に迎えの車が来て、周囲をよくみるひまもなかったのですが、すごく小さな港で、待合室がある建物が道路ぎわに見えました。そこからだいたい10分くらいで到着したのが「きのえ温泉 ホテル清風館」。わりと大きな観光ホテルです。

実はこの島に渡る前にいくつか調べて、民宿や古そうな旅館もあったのですが、廃業していたり、断わられたりで、予約できませんでした。それで、このホテルを選んだのです。せっかく瀬戸内海の島に泊まるのだから、漁村の貧しい宿を夢想していたのですが、まったくもってダメでした。

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外観はなんのへんてつもない、普通のホテル。ただし、海に突出した小さな岬の高台にあるので眺望は最高です。部屋からの眺めは下の写真のような感じ。

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部屋はツインルームのシングルユースで、妙に細長い変な作りでした。

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食事を7時くらいにお願いして、とりあえずお風呂へ。あまり期待していなかったのですが、眺めのいい露天風呂もあって、なかなかいいお風呂でした。夜中に入れないのが残念です。

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客はおっちゃんがひとりいただけなので、好きなだけ写真も撮ることができました。目の前に見えている島は大三島の一部ではないかと思います。その向こうにはうっすらと四国の山々も見えました。これだけの景色が見られる露天風呂は珍しいと思います。

源泉は22度とあったので、冷泉です。沸かして循環させているようでした。ちょっとお湯が口に触れるだけでしょっぱいので、海水なみの塩分はあると思います。というか、ほとんど海水を沸かしているのではないかと思うくらいでした。肌に刺激が強いので、お風呂を出る前に十分上がり湯をするようにという注意書きがありました。

夕暮れまで露天でゆっくりしていたら「瀬戸は~日暮れて~夕波小波~」とか、そんな歌を歌ってしまうおそれもあったのですが、食事の時間があるのであがりました。食事はロビーの食堂でとります。

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この日、ちょっと心配だったのは現金の持ち合わせが少ないこと。ホテル代が1万円くらいなのですが、1万3000円くらいしか持っていませんでした。木江の集落には銀行も郵便局もあるようなので、翌日の心配はありませんが、この日の食事でビールを飲みすぎるとまずいことになるかも。

「でもそんなに飲まなきゃいいしな」と思いつつ、念のためにフロントでクレジットカードが使えるかどうか確認すると、「大丈夫です」ということで安心しました。これで気が済むまでビールが飲めます。

食事内容は瀬戸内海の島なので魚中心。刺身は後から出てきました。部屋に案内してくれた仲居さんが食事の世話にも出てきましたが、この人は料理の内容をくわしく教えてくれたりして、親切な人でした。

カードが使えることに安心した私は生ビールを2杯飲んで、さらに酒も頼みました。「竹原のお酒です。ちょっと甘めかもしれません」といって持ってきてくれた燗酒がすごくおいしかったです。「竹原のお酒」という情報をちょっと教えてもらうだけで、旅先で地酒を飲む気分が出て、よりおいしく感じさせてくれます。

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ごはんはしそとじゃこが入った混ぜご飯でした。これがすごくおいしかったです。

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朝食もいわしの丸干しなど魚中心。煮物にも小魚が入っていて、瀬戸内らしいおかずでした。ぜんぶおいしかったです。丸干しも東京のスーパーなんかにあるやつとは、比べられないおいしさでした。丸干しなんてどこでも作っているはずなのに、なぜ違うのでしょうか?

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翌日の計画は未定でしたが、直で東京に帰るのはもったいないので、因島あたりでもう1泊したいと思っていました。因島あたりに行くと、海賊の子孫か何かが、何食わぬ顔で民宿なんか営業しているのではないか。そうしたらおもしろいな、などと妄想していました。

宿のフロントで聞くと、因島や尾道方面に行くためにはまず大三島に渡る必要があり、大三島の宮浦港への船は朝8時台を逃すと、次は午後2時近くまでないということです。朝8時台の船に乗ってしまうと、この島をまったく見ることができません。とにかく朝の船は見送ることにして、当面は木江の街を見学することにしました。

ホテルから車で送ってもらう途中、フェリー乗り場まではまだだいぶある地点ですが、造船所の近くで降ろしてもらいました。来る時、このあたりにけっこう古い家が見えたので歩いてみようと思ったのです。

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造船はこの島の主要産業かもしれません。けっこう大きな船を作っていました。また、周囲になかなかいい感じのボロい家もありました。何軒かつながっている長屋形式のようです。廃墟かと思って写真を撮っていたら、中から人が出てきてでかけていきました。失礼いたしました。

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このあとフェリー乗り場のある木江の中心地までブラブラと歩きました。朝から日射しが強く、かなり暑くなってきました。造船所からフェリー乗り場まで歩いてどのくらいかかるのか、来るときは車で通りすぎたので見当がつきません。車で送ってくれたホテルの若いにいちゃんにも聞いてみたのですが「歩いたことがないので‥」ということで、参考意見を聞くことはできませんでした。

海沿いに歩いていくと派手な公民館みたいな建物も発見。

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さらにこの建物の前でバス停も発見。思ったより遠くてきつい場合は、本数は少ないにしてもバスに乗れるかもしれないなと、ちょっと安心しました。

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でも近寄ってよくみると‥‥。

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ダメですか‥。歩くしかありません。しかし途中に水難死亡者を慰霊する地蔵様や、船小屋らしき廃墟もあったりして、飽きることはありませんでした。島の東海岸に沿って北上しているので、右手にきれいな海も光っています。

そうしているうちに木江の赤い桟橋が遠くに見えてきました。思ったより近かったようです。木江の中心街は、すごく見どころが多いところでしたが、その話は次回にします。

[ホテル清風館](2010年7月宿泊)
■所在地 〒725-0402 広島県豊田郡大崎上島町沖浦1900
■泉質 ナトリウム、カルシウムを多く含んだ塩化物冷鉱泉
■楽天トラベルへのリンク→きのえ温泉 ホテル清風館
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