日本ボロ宿紀行

ボロ宿にあこがれ、各地のボロ宿を訪ねています。

2010年10月

「ボロ宿」というのはけして悪口ではありません。
歴史的価値のある古い宿から単なる安い宿まで、ひっくるめて愛情を込めて
「ボロ宿」といっています。自分なりに気に入った、魅力ある宿ということなのです。
もともと、できるだけ安く旅行をしたいということから行きついた結果ではありますが、
なるべく昔の形を保って営業している個性的な宿を応援していきたいと思います。
湯治宿や商人宿、駅前旅館など、郷愁を誘う宿をできるだけ訪ねて、
記録に残していくこともいずれ何かの役にたたないかなと‥‥。

宿の裏には波が洗う入り江の船着場。重厚な木造3階建て [大崎上島 徳森旅館(廃業)]

木江の古い町並みが残る路地を出たあと、今度は町の中心街に向かってみました。

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だいぶ歩いて疲れたし、暑くて汗だくだし、どこかに喫茶店でもあればいいな、でもないだろうな、と思いながら歩きました。百貨店はありましたが、もう廃業しているみたいな感じです。人通りはあまり多くありませんが、自転車にのった小学生ぐらいの子供が、「こいつは何者か?」とうかがうような感じで、「こんにちは」とはあいさつしてきました。

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この通りの先にめざす「徳森旅館」を見つけました。この旅館は今は営業していませんが、最近までやっていたそうです。そもそも大崎上島に渡ろうと思ったのは、この宿を見てみたいと思ったからです。だいぶ手間取りましたが、ついに目的の宿を発見することができました。

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思った以上に重厚で風格を感じる木造3階建ての宿です。造船や風待ち港としてにぎわっていた頃は、木江でも最高の宿として知られていたのだと思います。こんな宿が商売をやめてしまったなんて、本当に惜しい。

さらにこの宿が変わっているのは、宿の裏に入り江が入り込んでいて、船着場になっていることです。小さい船なら付けられる感じなので、実際に船でやってくるお客もいたのかもしれません。ここの3階の部屋から港を眺めて、のんびりくつろいでみたかった。

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宿の前は厳島神社。なかなか立派な社殿がありました。木江には金比羅様もあったし、広島本土と四国側と、両方の人間が入り交じり、交流が盛んだったことがわかります。

しかし喫茶店はやはりなさそうです。お金をおろすために郵便局を探している時に、スナックとか焼肉屋なんかはありました。「ニュー カープ」(笑)。でもこの店もやっているのかどうか。

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木江の町全体が、ちょっと寂れ傾向にあるのかもしれません。集落は海岸に迫った山と海の間の狭いスペースに密集していて、山の中腹にも家がたて込んでいます。フェリー乗り場から離れた港の付近では、船関係の作業場の廃墟みたいなのもありました。

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木造5階建ての建物もありました。これも宿だったのでしょうか。こんなのは初めて見ました。

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小学校の廃墟というか、校門を発見。二宮金次郎と校門だけが残っていました。金次郎先生も、どこか寂しげ。 

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とにかくどこかで休みたいと思って歩いていると「くみあいマーケット」を見つけました。地元の人向けの貴重なスーパーマーケットでしょう。もはやドトールなんかはありそうもないので、ここで休むことにして、缶コーヒーと「モナ王」を買いました。鮮魚売場には鯛のアラなんかがたくさんあって、おもしろかったです。

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「モナ王」はでかいのでふだん一気食いしたことはないのですが、ここでは残してもしょうがないのでバス停のベンチに座って全部食べてしまいました。

さっきあいさつしてきた自転車の子供が、マーケットの前の入り江で孤独に遊んでいます。平日の午前中なのに学校に行かなくていいのでしょうか。本当は「モナ王」を半分あげたい気持でしたが、変に子供に因縁をつけると、最近は不審者扱いされる恐れがあるのでやめておきました。

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町を一回りしましたが、とにかく古い家が多く、私にとっては夢のような町でした。とてもすべての写真は紹介しきれません。繁栄の痕跡が随所に見られ、しかし時代は変わってしまった。そんな寂しさがつくづく迫ってくる集落でした。しかしある程度見てしまうと時間をつぶす場所がありません。しかたないのでフェリーの待合室に戻りました。

もう昼近いので、2時間くらい歩き回っていたことになります。それでも大三島の宮浦港に渡る船が出るまでまだ2時間以上あります。そこであらためて考えたのですが、2時から大三島に渡ったとしても、生口島、因島と無事に渡っていけるかどうかわかりません。交通手段を見つけられず、どこかで宿を探すとしても、島では思うように行かないおそれもあります。

翌日にはどうしても東京に帰らなくてはならないので、とにかく本土に渡って、そのまま大都会・尾道に一泊する安全策を考えました。本土に渡ってしまえばどうにでもなります。その気になれば、尾道サイドから因島に渡ってみることも可能。

待合室の窓口におばちゃんがひとりいたので、「早く広島本土に渡るにはどうすればいいのでしょうか」と聞いてみました。するとおばちゃんは「木江からだと3時くらいまで竹原に渡る船はない。でもバスに乗って垂水か白水に行けば、フェリーがいくらでも出ているので、30分以上待つということはないはずだ」ということでした。

結局、この通りの作戦でいくことにしました。バス停も待合室のすぐ外にありました。「垂水か白水」というのは、おそらくもっと本土側に近い港だと思ったので、それらの港に行くバスの時間をバス停で確認することにしました。バス停のそばにじいちゃんがひとり座っていたので、「地元の人が待っているということは、わりとすぐにバスが来るのではないか」と期待して聞いてみました。

しかし、じいちゃんは「わしゃあ、バスを待ってるんじゃないけんのう。時間はわからんのう」と。ただバス停のところに座っていただけのようです。バス停はフェリーの埠頭のすぐそばで、荷物の揚げ下ろしに使うのか、海中に続く階段が付いていました。

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珍しいと思って、この階段の写真を撮っていると、待合室からさっきのおばちゃんが駆け出してきて、「あんた、あのバスにのればいいんじゃないかな~」と叫んでいます。振り返ると、私がいたバス停とは反対側の少し離れたバス停にバスが来ています。

おばちゃんに「ありがとう」と叫びながら、私も走ってバスに向かいました。運転手さんは私が手を降って駆け寄っていくので、待っていてくれました。バスに乗り込んで行き先を確認。

私 「このバスは垂水か白水まで行きますか?」
運転手さん 「行きます。フェリーですか?」
私 「はい」
運転手さん 「竹原?」
私 「はい」
運転手さん 「それなら白水で降りるといいですね」

ということで、どうやら竹原行きのフェリーが出る大きな港に行けそうなので、やれやれと安心しました。すべてあの待合室のおばちゃんのおかげです。「ああいう世話焼きのおばちゃんが日本中にいて、いろんな細かいことに気を配っているおかげで、日本の安定した平和な社会があるのだ」とつくづく思いました。バス停にいたのんきなじいちゃんも、奥さん頼みで生きてきたのかなあなど‥‥。

このバスにも小学生がたくさん乗っていましたが、みんな降りる時に私に「こんにちは」と挨拶していきます。やはりこのへんでは、「通りがかりの大人にはあいさつしましょう」という指導があるみたいです。東京あたりでは危険を避けるために、知らない人とは口を聞かない傾向が強い中で、なかなか感動的な光景でした。

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バスは海岸沿いを反時計回りに走っていきます。海沿いを周回するバスみたいでした。海の風景もすばらしかったけれど、集落もいくつかあって、古い家もたくさんありました。いい感じの旅館も多かったのですが、やはり営業している感じではありませんでした。

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しばらく乗っていると「フェリー乗場」という看板が見えたので、運転手さんに「ここで降りればいいわけですね」と確認すると、「いや、ここは垂水で、次のフェリーまで1時間くらい待つので、この先の白水で乗ったほうがいいです」といわれました。フェリーの時間まで把握しているなんて、プロフェッショナルな運転手さんです。

白水についたのでお礼をいってバスを降りました。

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白水は広島本土への玄関口らしく、木江とは比較にならない大きな港でした。ターミナルの前には営業している旅館もあり、待合室には売店や立ち食いうどんもありました。船も大きいです。運転手さんがいう通り、ここでは10分くらいで船に乗ることができました。

時間が許せばもっと滞在したかった大崎上島を後にします。船が島を離れていくと、何となく寂しい気分になるのはしかたありません。今度いつまた来れるのか、と思ってしまいます。

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下の写真は島の全景。観光協会のHPからお借りしました。大きな島が大崎上島で、そのほか無数の小さい島があります。左側のちょっとへこんだ海岸線のところが木江で、手前や右側の集落が集まっているようなところが垂水や白水。手前側が北で広島本土になります。私は木江から白水まで、島の南方から北に向かって半分ほど回ったことになるわけです。

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こういう地理感覚もあとでわかったことで、当日はほんとうにてきとうに歩いていました。私はあまり知識を入れないで出かけて、現地でいろいろ発見したいと思うほうなのです。しかし今回は地図も見つけられなかったし、交通手段にも困りました。やっぱりもう少し下調べして出かけないとダメかなあ、と思いました。

[大崎上島・徳森旅館(廃業)](2010年7月見学)
■所在地 〒725-0401 広島県豊田郡大崎上島町木江273-1
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明治・大正の歓楽街がそのまま残された寂しくて懐かしい通り [大崎上島 玉屋旅館(廃業)]

大崎上島の木江港に歩いて到着。昨夜は船を降りて、すぐに迎えの車に乗ったので、周辺をよく見るひまがありませんでした。あらためて見ると、船着場の正面に待合室とチケットを販売する窓口があり、その角を入る道が中心市街地に続いているようです。

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この通りを少し行くと左横に入る路地を発見。ここに観光案内看板が出ていたので、入ってみることにしました。昔は栄えた町並みだということです。古い町並みはそれなりに有名なようで、あとでネットで調べると、けっこう記事がありました。

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路地を入るとすぐにここはとんでもないところだとわかりました。海に沿った幹線道路と、海岸に迫っている山にはさまされた裏通り。古い家がいくらでも並んでいました。まずいきなり崩れかけた廃墟出現。

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何か商売をしていた家かもしれません。続いて食堂跡。看板はほとんど読めませんが、中華そば、うどんなどと書いてあります。その並びは商店の廃墟でしょうか。

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さらに古い町並みは奥へと続いています。海岸沿いを歩いている時はまぶしかった日射しが、狭いこの通りではあまり差し込んできません。ちょっとひんやりと薄暗い感じの道が続きます。

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「CAFE RUMI」は看板のあとだけ残っていました。明らかに商売はやっていません。しかしこの通りは、繁華街というより、昔の歓楽街のにおいがします。

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旅館も2軒続いてあったのでびっくり。こんなのがあるとは知りませんでした。

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「玉屋旅館」と「三島屋旅館」です。こんないい宿があるという情報はどこにもありませんでした。しかし問題は営業しているかどうか。誰か住んでいる感じだし、営業しているならぜひとも泊まってみたい宿でした。もう一泊この島に泊まってもいいというくらい。

向かいの八百屋で現地の奥様方が井戸端会議をしていたので、聞いてみました。

私 「この家は今でも商売してるんですか?」
おばちゃん 「いやあ、もうやってない。みんな年取ってしまった(笑)」
私 「そうですか。それにしてもなかなかおつな通りですね」
おばちゃん 「昔はすごくにぎやかなもんだったよ」

しばらく旅館にみとれていると、そのうちの一軒からばあちゃんが出てきて、どこかへ出かけていきました見ているとさらに細い路地を海側に曲がって、ゆっくり歩いていきます。しばらくすると戻ってきました。いったいどこをお散歩してきたのでしょうか。

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このばあちゃんは、宿の女将をやっていた人かもしれません。まだ元気なんだから旅館をやってくれればいいのに、などと勝手なことを思いました。

とにかく残念なことです。木造3階建てで手すりのついた渋い家もありました。クモの巣がはってましたけど、けっこうゴージャスな造りなので、娼家か何かだったのかもしれません。2階の手すりから遊女が手を振っていたら、船乗りのにいちゃんたち、大興奮だったでしょう。

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飲食店などもほとんど廃墟化しており、営業している店は食堂が1軒あるくらいでした。

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食料品はいくつか現役で商売をしていて、「木江食料企業組合」という不思議な店もありました。狭い路地をはさんで向かいの建物との間に青いテントを張って、日射しを防いだりしています。ゴーストタウンのようにも見えるこの路地にも、まだ実際の生活が生きていることが感じられます。

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ずっと行くと、再び海岸沿いの道に出たので、また同じ路地をもどって、今度はさらに裏に入ってみました。金比羅様の神社もあって、石段を上がって振り返ると路地の間に海が見えます。家と家の間は細い路地になっていて、現代の日本とは思えない、なつかしい雰囲気がただよっていました。金比羅様に上がると、すぐそばの海を見通すことができます。

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風情というより、凄惨な感じがする廃墟もありました。時代が変わって、たくさん来ていた船乗りが来なくなったので、そのまま放置されてしまったのでしょうか。

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こんな家をいくつも見ながら、もともとの大通りに戻ると、周囲が急に明るく感じ、夢から覚めたような気分でした。「タイムスリップしたみたい」などとよくいいますが、本当に明治、大正の歓楽街そのままではないでしょうか。時間帯はまだ朝でしたけど、夕暮れ時に軒先の古い電球が灯り、歓楽を求める船乗りたちが、にぎやかに集まっているようすを想像してしまいました。

あとで調べたところ、幕末からすでに風待ちの港としてそれなりににぎやかな港だったようです。また木造造船も大正時代には需要が多く、繁栄していたようでした。

確かに今の高性能の船にとっては、風待ちの港など不要だし、海運自体、陸上輸送にずいぶんとって代わられています。島の歓楽街が成り立っていく背景が失われてしまったのでしょう。でもその当時の雰囲気がそのまま残っているのは、本当に奇跡的だと思います。

[玉屋旅館](2010年7月見学)
■所在地 広島県大崎上島町木江地区
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海水のようなしょっぱいお湯と絶景露天風呂 [大崎上島 きのえ温泉 ホテル清風館]

今治から船に乗って大崎上島に到着したのは夕方6時頃。船が接岸するのとほぼ同時に迎えの車が来て、周囲をよくみるひまもなかったのですが、すごく小さな港で、待合室がある建物が道路ぎわに見えました。そこからだいたい10分くらいで到着したのが「きのえ温泉 ホテル清風館」。わりと大きな観光ホテルです。

実はこの島に渡る前にいくつか調べて、民宿や古そうな旅館もあったのですが、廃業していたり、断わられたりで、予約できませんでした。それで、このホテルを選んだのです。せっかく瀬戸内海の島に泊まるのだから、漁村の貧しい宿を夢想していたのですが、まったくもってダメでした。

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外観はなんのへんてつもない、普通のホテル。ただし、海に突出した小さな岬の高台にあるので眺望は最高です。部屋からの眺めは下の写真のような感じ。

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部屋はツインルームのシングルユースで、妙に細長い変な作りでした。

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食事を7時くらいにお願いして、とりあえずお風呂へ。あまり期待していなかったのですが、眺めのいい露天風呂もあって、なかなかいいお風呂でした。夜中に入れないのが残念です。

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客はおっちゃんがひとりいただけなので、好きなだけ写真も撮ることができました。目の前に見えている島は大三島の一部ではないかと思います。その向こうにはうっすらと四国の山々も見えました。これだけの景色が見られる露天風呂は珍しいと思います。

源泉は22度とあったので、冷泉です。沸かして循環させているようでした。ちょっとお湯が口に触れるだけでしょっぱいので、海水なみの塩分はあると思います。というか、ほとんど海水を沸かしているのではないかと思うくらいでした。肌に刺激が強いので、お風呂を出る前に十分上がり湯をするようにという注意書きがありました。

夕暮れまで露天でゆっくりしていたら「瀬戸は~日暮れて~夕波小波~」とか、そんな歌を歌ってしまうおそれもあったのですが、食事の時間があるのであがりました。食事はロビーの食堂でとります。

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この日、ちょっと心配だったのは現金の持ち合わせが少ないこと。ホテル代が1万円くらいなのですが、1万3000円くらいしか持っていませんでした。木江の集落には銀行も郵便局もあるようなので、翌日の心配はありませんが、この日の食事でビールを飲みすぎるとまずいことになるかも。

「でもそんなに飲まなきゃいいしな」と思いつつ、念のためにフロントでクレジットカードが使えるかどうか確認すると、「大丈夫です」ということで安心しました。これで気が済むまでビールが飲めます。

食事内容は瀬戸内海の島なので魚中心。刺身は後から出てきました。部屋に案内してくれた仲居さんが食事の世話にも出てきましたが、この人は料理の内容をくわしく教えてくれたりして、親切な人でした。

カードが使えることに安心した私は生ビールを2杯飲んで、さらに酒も頼みました。「竹原のお酒です。ちょっと甘めかもしれません」といって持ってきてくれた燗酒がすごくおいしかったです。「竹原のお酒」という情報をちょっと教えてもらうだけで、旅先で地酒を飲む気分が出て、よりおいしく感じさせてくれます。

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ごはんはしそとじゃこが入った混ぜご飯でした。これがすごくおいしかったです。

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朝食もいわしの丸干しなど魚中心。煮物にも小魚が入っていて、瀬戸内らしいおかずでした。ぜんぶおいしかったです。丸干しも東京のスーパーなんかにあるやつとは、比べられないおいしさでした。丸干しなんてどこでも作っているはずなのに、なぜ違うのでしょうか?

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翌日の計画は未定でしたが、直で東京に帰るのはもったいないので、因島あたりでもう1泊したいと思っていました。因島あたりに行くと、海賊の子孫か何かが、何食わぬ顔で民宿なんか営業しているのではないか。そうしたらおもしろいな、などと妄想していました。

宿のフロントで聞くと、因島や尾道方面に行くためにはまず大三島に渡る必要があり、大三島の宮浦港への船は朝8時台を逃すと、次は午後2時近くまでないということです。朝8時台の船に乗ってしまうと、この島をまったく見ることができません。とにかく朝の船は見送ることにして、当面は木江の街を見学することにしました。

ホテルから車で送ってもらう途中、フェリー乗り場まではまだだいぶある地点ですが、造船所の近くで降ろしてもらいました。来る時、このあたりにけっこう古い家が見えたので歩いてみようと思ったのです。

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造船はこの島の主要産業かもしれません。けっこう大きな船を作っていました。また、周囲になかなかいい感じのボロい家もありました。何軒かつながっている長屋形式のようです。廃墟かと思って写真を撮っていたら、中から人が出てきてでかけていきました。失礼いたしました。

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このあとフェリー乗り場のある木江の中心地までブラブラと歩きました。朝から日射しが強く、かなり暑くなってきました。造船所からフェリー乗り場まで歩いてどのくらいかかるのか、来るときは車で通りすぎたので見当がつきません。車で送ってくれたホテルの若いにいちゃんにも聞いてみたのですが「歩いたことがないので‥」ということで、参考意見を聞くことはできませんでした。

海沿いに歩いていくと派手な公民館みたいな建物も発見。

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さらにこの建物の前でバス停も発見。思ったより遠くてきつい場合は、本数は少ないにしてもバスに乗れるかもしれないなと、ちょっと安心しました。

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でも近寄ってよくみると‥‥。

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ダメですか‥。歩くしかありません。しかし途中に水難死亡者を慰霊する地蔵様や、船小屋らしき廃墟もあったりして、飽きることはありませんでした。島の東海岸に沿って北上しているので、右手にきれいな海も光っています。

そうしているうちに木江の赤い桟橋が遠くに見えてきました。思ったより近かったようです。木江の中心街は、すごく見どころが多いところでしたが、その話は次回にします。

[ホテル清風館](2010年7月宿泊)
■所在地 〒725-0402 広島県豊田郡大崎上島町沖浦1900
■泉質 ナトリウム、カルシウムを多く含んだ塩化物冷鉱泉
■楽天トラベルへのリンク→きのえ温泉 ホテル清風館
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ビル街に埋もれながらも伝統を残す駅前旅館 [今治 大崎屋旅館]

愛媛県の今治に行く用事ができたので、ついでに瀬戸内の島を訪問してみようと思い立ちました。昔、広島市に近い江田島に滞在したことがあります。25歳頃のことでした。

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このときは、ちょうどお盆の時期だったので、盆踊りや墓参りのようすも見学しましたが、とにかくすごかった。盆踊りがあるというので小さな寺の境内に行くと、中央のやぐらの上のおじいさん2人が交代で歌を歌い、それに合わせて踊っています。まるでお経を読んでいるような不気味な歌。ぜんぜん浮き立つような楽しい感じはないし、地元の人もみんな無言で、呪いの儀式のような不思議な手振りでやぐらのまわりを周回していくのです。山の斜面に並ぶお墓は提灯でライトアップされ、不気味な美しさでした。横溝正史の世界のような。

島といっても瀬戸内海は離島ではなく、古代から人が住んでいます。その歴史が古いまま残されていたりするので、江田島でも死者が主役の昔からのお盆のかたちが残っているのかもしれません。盆踊りも、もともと死者の踊りを模したものという説もありますし、そういう目で見れば、あの不気味さが本来の形のようにも思えます。

こんな思い出があるので、今回もどこかの島に渡って、独特の風俗というものをあらためて体感してみたいと思っていました。

とにかく早朝の飛行機でまず松山空港へ。松山が近くなると、飛行機からもたくさんの瀬戸内の島が見えてきます。今年の春にも松山に行き、今治も通りましたが、駅でおりるのははじめて。そもそも日本人が今治を「いまばり」と難なく読めるのは、高校野球のおかげです。

関係ないですが、今治といえば今の名所は、焼肉のタレを作っている宮殿ですかね。日本食研宮殿工場。ちらっと見学してみました。「宮殿、宮殿、やきにくのタレ、ほんとうに宮殿でつくってるっ」という歌が頭の中でリピート。実物はなかなかみごとなものでした。今治城より立派かも。

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今治ではタクシーの運転者さんに食事をする場所を紹介してもらい、なぜかラーメン屋がうまいというので連れていってもらいました。味噌ラーメンと焼き飯のセット。ボリューム感は文句なしなんですけどね~。

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そんなこんなで、午後2時30くらいには再び今治の駅に戻りました。この時点で今治には泊まらず、ほぼ島に渡るつもりでいました。最初はいわゆる「しまなみ海道」として観光PRが盛んに行われている、島づたいに高速道路を通って尾道まで行くバスに乗ろうかなと思っていたのです。

しかし、やはり瀬戸内は船に乗ってみたい。それにあまり聞いたこともない島に行ってみたい。そんな思いで、いろいろ調べた結果、「しまなみ海道」からはずれた広島県の「大崎上島」というのに渡ることにしました。ここは古い町並みが残っているということです。

それで今治駅から今治港まで歩いている途中、駅に近くで発見したのが「大崎屋旅館」です。

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小さな駅前旅館ですが、なかなかいい雰囲気です。あとで調べたらちゃんと営業していました。市役所がある大通りの並びに、ビルにはさまれるようにして建っていて、古くから営業していることがうかがます。こういうのがあるんなら、今治に泊まっても良かったなあと思ったのですが、もう「大崎上島」の宿を予約してしまったので、あきらめて港に向かいました。

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今治のフェリー乗り場はこじんまりしていて、設備や待合室もすごく古い感じです。1日ここで過ごしているようなホームレスみたいな方もいらっしゃいました。

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フェリーの路線はいくつもあって、待合室や乗り場が3つくらいに分かれています。「大崎上島」にわたるには、大三島ブールラインというのに乗るので、第3乗り場へ。船は5時近くまでないので、港でぼんやりしながら時間をつぶしました。待合室で寝ているおっちゃんもおります。

いよいよ船が到着。おばちゃんの案内放送が流れますが、何をいっているのかほとんど聞き取れませんでした。とにかく「かもめ号」に乗れというのはわかったので、船名を確認してこれに乗り込みました。

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今治の港からもたくさんの島が見えます。目の前のすぐ近くに大島があり、三連吊り橋で有名な西瀬戸自動車道の来島海峡大橋が、すごく巨大に伸びています。バスを選択していれば、あの橋を渡ったことになります。

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この橋は徒歩や自転車もオーケーなので、1週間くらい時間があれば、自転車でゆっくり島巡りをするというのもいいかもしれません。いずれはやってみたい。

大三島ブルーラインは今治から、最初大三島の「宗方」という港に寄り、次に大崎上島の「木江」という港に寄り、最後場再び大三島の「宮浦」という港まで行く快速船でした。私は「木江」でおります。

やがて見えてきたのが「宗方」。港というか、ほんの小さな桟橋があるだけで、あまり集落などは見えませんでした。ここで唯一相乗りしていたじいちゃんが降りたので、乗客は私ひとりに。今どき珍しく船室内は喫煙可で、各席に灰皿がついています。逆に禁煙室のほうがせまいくらいの、時代を感じる船でした。

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この島は大三島ですが、大三島は大きいので、次に対岸の大崎上島に寄ってから、再び大三島の宮内に向かうルートを取るわけです。「宗方」からは10分か15分くらいで「木江」に到着。今治からはだいたい1時間くらいでした。

ここから宮内に向けて乗り込む乗客もいました。みんな慣れた感じです。仕事で通っている人々なのでしょう。

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この日泊まるのは大きな観光ホテルなので、宿から迎えのクルマを出してもらっています。ホテルに電話した時は、ホテルのほうで船の時間を把握していて、「到着に合わせて迎えに行きます。小さい港だからすぐわかりますから」といってました。確かにピッタリの時間に到着。私が上陸した瞬間にクルマも到着して、すぐわかりました。

この先長くなりそうなので、続きは次回にします。

[大崎屋旅館](2010年7月見学)
■所在地 〒794-0028 愛媛県今治市北宝来町1丁目5-18
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長崎~肥前鹿島~博多への鉄道旅。意外なところで古い町並みを発見 [肥前浜宿 酒蔵通り]

このあいだ長崎から博多まで電車で移動してみました。途中長崎本線の肥前鹿島という駅に用事があったのでここで途中下車。新幹線ができると第3セクターに移行されるという、有明海に沿った路線は、なかなか風情のある景色が多く楽しめました。

長崎駅から特急かもめに乗車。これは“ソニック”という車両かも。JR九州の電車は外観も車内もなかなかかっこいいです。

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天気が悪いので有明海もくすんで見えます。しかし在来線は海岸線に沿って細かくカーブしながら走るので、見ていてとてもおもしろい。「はしりだせ~、人よ時間よ~」など口ずさみながら見飽きない風景を眺め続けました。

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1時間くらいで肥前鹿島に到着。特急停車駅なのに思ったより寂れた感じ。「鹿島市」と聞くと、関東の人間はアントラーズの本拠だと勘違いしてしまいます。このへんには「祐徳稲荷」という日本3大稲荷のひとつがあリ、パワースポットとして有名だとか。まったく知りませんでした。駅には七夕の飾りつけがありました。

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さらによくみると「がばいばあちゃん」のロケ地だという情報が。「がばいばあちゃん」は見ていないのでなんともいえませんが、こういう田舎でロケをやったとすれば、けっこう大騒ぎだったのではないでしょうか。駅の売店も「がばいばあちゃん」をネタに使っていました。

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まだ予定の時間までかなり余裕があるので、駅前でお昼を食べようと思っていたのですが、店はなし。佐世保バーガーの「らりるれろ」というのがあったのですが、営業はしていないみたいでした。この店は古い旅館か商家を改造したような感じ。名残があってなかなか由緒のありそうな建物でした。

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古い民家も発見。すごくいい感じの家が残っています。このへんから雨がけっこう本降りになってきました。

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ここで、駅前の観光案内板を見ると、ひとつ戻った「肥前浜」という駅の近くに、古い街道沿いの商家が保存されている「酒蔵通り」というのがあることがわかりました。せっかくなので行ってみることにしました。

肥前浜駅まではひと駅ですが、再び肥前鹿島駅に戻ります。昼過ぎなのになぜか通学客でけっこう混雑していました。

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肥前浜駅に到着。駅自体がかなり昔の駅舎のような雰囲気を残しています。「驛」いう字が旧字だし。

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もう雨は豪雨に近い状態。駅の観光案内所に女性がひとりいたので聞いてみると、「酒蔵通り」までは歩いてもすぐだが、私が仕事で訪ねようとしているところはとても徒歩では行けないということでした。「この雨ですし、タクシーを呼びましょうか」といってくれたので頼みました。その節はいろいろありがとうございました。

この駅近くにも飲食店は見当たらないので、もうお昼ごはんはあきらめることにして、タクシーの運転手さんに、「目的地まで行く前に、酒蔵通りというのを見て、できればちょっと写真を撮りたいんだけど」というと、「じゃあそっちをまわって行きましょう」ということでクルマに乗り込みました。

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この運転手さんが親切な人で、町並みをゆっくり進みながら解説をしてくれます。「ここは昔の長崎街道の脇街道にあった宿場で、酒蔵がたくさんあったんですね。そこにある家は昔の継場で、荷物や人馬の集散をしていたところ。今でも馬つなぎ場の跡が残っていますよ」などと。

「それにしてもこの天気ではねえ。梅雨の真っ最中だからね」といいながら、ところどころに止まって、写真を撮らせてくれました。昔は相当繁栄していたものと思われる通りです。

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「このへんは鍋島藩の支藩の鹿島鍋島藩の城下町だから、昔は城もあったんですよ。佐賀の乱の時に、江藤新平が防御のために焼いてしまったそうです。でも赤門や大手門が残っていて、けっこう見事なものです。武家屋敷も残っていますよ。少し歩くけど行ってみますか?」といわれたので、ぜひぜひとお願いしました。クルマを路地脇に停め、運転者さんの案内で細い路地を歩くと茅葺き屋根の武家屋敷発見。

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この家は「旧乗田家住宅」という史跡だそうです。運転手さんによると「長く住む人がいなくて放っておかれた家だけど、少し前に東京の奇特な人が、この家を保存してくださいと1000万円を寄付してくれて、そのおかげで今のように整備できた」とのこと。“クドづくり”という佐賀地方独特の様式らしいのですが、詳しいことは運転手さんも「知らない」ということでした。

「もし中が見たければ、そこの角の家が管理しているので声をかければ見せないということもないはずだけど」ということでしたが、今回は時間も限られているのであきらめました。「お客さんがもしまたくるようなことがあれば、今度は天気のいい日にして、歩いてみるといいですよ。古い住宅もけっこう残っていて、最近は観光客も遠くからくるようになってますよ」ということでした。

それにしてもこの運転手さんにはずいぶんお世話になったのに、タクシー料金は1200円くらいでした。まっすぐ目的地まで行くのとあまり変わりません。その節は離れたところまで連れていってくれて、ありがとうございました。

その後肝心の仕事を済ませて、再びタクシーで肥前鹿島駅に向かい、特急つばめに乗車。博多までは1時間くらいで到着するので、確かにこのへんの人は新幹線はいらないんじゃないかと思いました。

博多駅前には山笠の山車が出ていたので見学しました。初めて見ましたけど、けっこうみごと。このテーマも坂本龍馬でした。

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福岡空港から東京に戻る予定でした。まだだいぶ時間があったのですが、福岡市街に行くのも面倒なのでそのまま地下鉄で空港へ。ここでようやく博多ラーメンにありつきました。しかし麺がフニャフニャ。私は博多ラーメンの場合、ばりかたか生くらいが好きなので残念。天神とか長浜まで行くことも可能だったのですが、横着をしたのが失敗でした。

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なので改めて居酒屋に入って時間つぶし。おでんとアジの刺身を食べました。空港内の店なので限界はありますが、前にもきたことがあってけっこうおいしかったのでここを選びました。

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結局佐賀は通りすぎただけでしたが、思わぬ古い町並みを発見して得した気分でした。でももう少し時間を取ってこないと、通りすぎるだけではもったいないですね。

[肥前浜宿 酒蔵通り](2010年6月見学)
■所在地 佐賀県鹿島市浜町八宿乙2696(継場)
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旅に病み、電車は雪で運休。悲惨な秋田ツアー [秋田市 ホテルα-1秋田]

2月に津軽地方から秋田にまわりました。青森のはなしは前に書いたのですが、日程としては五所川原から黒石・温湯温泉とまわって、その次の日昼過ぎくらいに秋田駅に到着。このときはまれに見る寒波に見舞われ、地元の人もとまどうくらいの寒さ。雪も多く、今の東京で思うと懐かしいような気もしますが、実際にはそれどころの騒ぎではありませんでした。

まず弘前から秋田に向かいました。

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予定としては、この日、秋田のどこかで一泊し、さらに次の日は山形の酒田の宿を予約していました。酒田の古い商人宿を拠点に、「おくりびと」関連名所をまわるという、ちょっと旬をはずした計画。

秋田のどのへんに泊まるのがいいのかと思いながら車窓を見ていくと、電車は東能代、八郎潟などの駅を通過していきます。

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もう、みるからに寒そう。最初山奥の温泉とか、海岸沿いの象潟とか、いろいろ宿泊地のプランは考えていたのですが、しかしこの天気だとあまり酔狂なことを考えてもまずいと思い、まず秋田駅に降りてみることにしました。秋田駅も雪にうずもれており、さらに雪は降ったりやんだりの状態です。

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このへんから、ちょっと腰に違和感があり、腰痛持ちなのでちょっと気になっていましたが、まずお昼を食べようと思い駅中の喫茶店へ。昔風の喫茶店で、なぜかラーメンがあったので食べてみました。

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これが細麺のあっさり醤油味でおいしくて、「いや~アタリだったな~」などと思いながら、駅の観光案内所などでどこかいいところはないかと探していると、ますます腰が痛くなってきただけでなく、胃の調子もおかしくなってきました。前にも同じような症状で寝込んだことがあったので、これはやばいと思い、とにかくまだ3時にもなっていない時間だったのですが、秋田駅近くに泊まることにしてしまいました。

ビジネスホテルならいくらでも見えているのですが、とにかく安いところがいいと思い、携帯で楽天トラベルで検索して電話してみると、楽天のコールセンターにつながり、秋田駅近くで安いホテルということで、3500円くらいの「α-1」を紹介してくれました。ホテルチェーンですね。

オペレーターの女性に「3時にチェックインする」というと、「3時というともうすぐですが、場所はすぐわかりそうですか?」と聞かれました。しかし「α-1」は秋田駅にいるとすぐ目の前に見えるので、わからないどころではありません。とにかく腰が痛いのでとっととチェックインしました。

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駅から歩いて1~2分くらい。行ってみると1階に飲食店があったので、夜まで調子が悪いようなら食事はここですませばいいなと思いました。

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部屋に落ち付くととりあえず横になり「困ったことになった」といろいろ考えていました。前はほんとうに動けないくらいになったことがあったので、これ以上悪化するようだと秋田に滞在するしかないのか、とか、もう1泊するのはいいけど、それ以上になると仕事に影響が出るな、などと。

安いだけあって部屋はまれにみる狭さ。でも「昔はビジネスホテルってこんな風だったよな」、などと思いつつ、そうはいっても久しぶりに完璧な設備やアメニティのそろった宿に泊まって、ひと安心といった気持でした。

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食欲はまったくわきません。ビールを飲む気にもならず、結局お風呂に入った以外はずっと横になっていました。

翌朝も食欲がなかったのですが、とにかく動けるので、酒田に行くべくホテルを出発しました。雪はまったくやむ様子がありません。

さらに秋田駅で衝撃の事実が伝えられました。羽越線運休。窓口で駅員に詳しく聞いてみると、「羽越線は強風と雪のため現在ストップしており、午前中の電車はすべて運休が決まりました」ということ。「午後になると動く見込みはあるんですか」と聞くと「いや、まず動かないと思います」ということ。

そうであれば奥羽線で新庄までいって、陸羽西線で行くという手もあります。しかし聞いてみると陸羽西線も途中までしか運行しておらず、酒田まで行けるかどうかその時点でははっきりしませんでした。

だいたい立っているのがつらいくらいなので、喫茶店に入ってあったかいコーヒーをオーダー。いろいろ考えた結果、とりあえず新庄まで行ってみることにしました。もし酒田に行けなくても、新庄まで行けば肘折や銀山など、勝手のわかるいい温泉も近いし。とにかく行ってみることにして、弘前で通しで買ってあった切符を交換してもらいました。

秋田駅のホームは雪がふぶいていて、乗客はみんな階段の陰などに避難して電車を待っています。駅員だけでホームの端に立っていますが、仕事とはいえかわいそうな感じでした。

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このあと、奥羽線の各駅停車に乗って、新庄に向かったわけです。電車は途中駅で何度もストップし、駅ごとにスコップで雪をかき落としながらの運行となりました。私は腰と胃が痛くて、座席にうずもれるようにして目をつぶっていました。その耳に、運転士が無線で運行本部に「もう無理です!!」と叫ぶように状況を伝えているの聞こえます。結局この電車を最後に奥羽線も運休になったので、本当に危ないところでした。

新庄に着くとやはり陸羽西線も不通。体調も良くないので、もう東京に戻ることにしました。とにかく新幹線に乗ってしまえば東京に着いたも同然。新幹線のチケットも無事とれました。最初から秋田新幹線に乗れば良かったのですが、へたに粘ってしまいました。新庄も寒かったですが、ここでようやく食事をする気分になったので、うどんを食べて少し体調が良くなった感じがしました。

酒田の宿にキャンセルの電話をすると、おっちゃんが出て「そういう事情ならば残念ですがいたしかたありません。また機会があればぜひお立ち寄りください」といってくれました。当日キャンセルなどしたくないのですが、今回ばかりはどうしようもありませんでした。

駅には地元の祭りに使うらしい、直江兼継の人形が。結局秋田市では駅と駅前ホテルを往復しただけで、どこにも行きませんでした。状況が許せばお城をはじめ、いろいろ見どころはあったのに残念。

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そういうわけで秋田や山形の酒田には、またゆっくり行かなければいけないと思っています。

[ホテルα-1秋田](2010年2月宿泊)
■所在地 〒010-0001 秋田県秋田市中通4-16-2
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下町情緒が漂う不思議な町を訪ねる [名古屋 四間道]

名古屋や大阪は出張ででかけることが多いのですが、日帰りがほとんどです。目的地に直行し、そのまま帰ってくる。そんなパターンが多いです。ところが先日あるブログで、名古屋の街中に江戸時代の商家街の風情が残っていることを知り、ぜひのぞいてみたいと思っていました。この6月に名古屋に行く機会があったので、寄ってみました。その町は「四間道」。そういうわけで今回は宿のはなしではありません。

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当日は朝早い新幹線で早めにでかけて、名古屋駅から地下鉄桜通線に乗って国際センター駅まで行き、そこから徒歩。「国際センター」は名古屋駅からも歩けるくらいのところで、仕事できたこともあります。まさかこんなビジネス街に古い町並みが残っているなんて想像もしませんでした。

詳しい地図を持っていかなかったのですが、とにかく行ってみればわかるだろうという考えででかけました。国際センター駅からとにかく堀川に出れば、運河に沿った古い町並みがあるはず。街がぼやっと白っぽく見えるような暑い日で、ちょっと歩いていると汗が流れ落ちてきます。

適当に裏道に入ってみると、確かに古い住宅や神社があって、なかなか風情がありますが、どこが「四間道」なのかわかりません。

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神社もありました。神社の塀に猫がいて、午前中からフラフラさまよい歩く私をあやしんでいました。

知らない町で道がわからない時は、人に聞くのが一番です。ちょうどいいことにヤマト運輸の配達のにいちゃんがいたので、「四間道はこっちのほうですか?」と聞いてみましたが、「いや~、何区ですかね。ちょっとわからないです。すみません」といわれました。

ヤマトのにいちゃんが知らないなんて、「案外知られていないところなのだろうか」と思いつつ、堀川を見つけたのでそれに沿ってだいたいの見当で歩いていきました。そしてついに発見。

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このへんの住所は「那古野」と書いて「なごの」という住居表示になっていました。「名古屋」という地名と何か関係あるのかどうか。解説看板によると、「四間道」は、名古屋城築城の際に、清洲から移転してきた商人の町だそうです。あまり人がいなくて、ひっそりしていました。

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ここまでくるのにずいぶん遠回りをして汗もかいたので、古い民家風の喫茶店に入りました。朝早く東京を出て、朝食は食べていなかったので、名古屋のモーニングというやつを食べてみようと思ったのです。

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古い家ながら、すごく雰囲気のある店内。常連らしきおばちゃんたちが、朝から集まって盛り上がっていました。4人組のおばちゃんたちの隣のテーブルに座って、よくわからないのでとりあえずアイスコーヒーを頼んだら、「モーニングにしますか? トーストが付きますけど」といわれたので「お願いします」と頼みました。

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このトーストがすごくおいしかったです。ごまが入っていたかも。ジャムと卵もすごくおいしい。アイスコーヒーだけ飲んでも、トーストを付けてもらっても同じ400円。それならふつうは頼むのではないでしょうか。さすが名古屋のモーニング。

だいぶ汗もひいたので、再び「四間道」の散策を続行。名古屋駅付近の高層ビルが見えるようなところなのに、古い蔵づくりの建物や、下町のような古い木造住宅がたくさん残っていて、神社や祠などもいくつもかありました。

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名古屋の街中なのに、とんでもなく渋いところです。まさに下町。しばらく歩いていると、古そうな商店街を発見。今回は時間がなかったので入りませんでしたが、なかなかおもしろそうな商店街です。このへんでおばちゃんの団体が散策しているのを見かけました。それなりに有名なのか、観光コースにもなっているようです。

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屋根神様を載せた家もありました。このへんに多い風習だそうです。

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普通の住宅がすごく魅力的です。時間があればあのきしめん屋さんにも行ってみたかった。

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名古屋にはこれまでそれこそ何十回も行っています。でも町の中をじっくり散策するということはありませんでした。しかし名古屋も歴史のある街なので、ちょっとその気になって目を向けて見ると、古い風情のある町が残っていたのでした。

この日、帰りはいつものように新幹線のホームで立ち食いのきしめんを食べて帰りました。

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[名古屋・四間道](2010年6月見学]
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軍艦島上陸断念!! 雨の長崎市内をさまよう [長崎 長崎にっしょうかん]

今回ではボロ宿ではなく、廃墟探しのはなし。立派なホテルしか出てきません。

今年6月、急きょ佐賀にいく用事ができたので、いろいろ考えた結果、長崎に前泊してあこがれの「軍艦島」に行くという計画を立てました。軍艦島は小さな島に密集して作られた炭坑住宅の廃墟。あまりにも有名です。いまや観光フェリーなどが運行していて、観光客も簡単に訪問できるので、ハードな廃墟マニアの間では、すでに「何をいまさら」という存在かもしれません。

しかしこんな機会はめったにないと思ったので、とにかく船を予約しようと調べて、私は午後3時過ぎの4000円の船を予約しました。ただし、気象条件などで安全性に問題がある場合は、欠航したり、上陸をとりやめたりということがしょっちゅうあるようです。安全第一ということでしょう。

予定日の天気予報は曇りのち雨で、南九州のほうではかなりの大雨が続いていました。欠航の可能性もけっこうあるな、と思っていました。

当日朝早い飛行機に乗って長崎付近の上空にさしかかると、長崎らしい海と陸が入り組んだ複雑な地形が見えてきてわくわくしました。この時点で雨は降っていないようでした。

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長崎に着くと、まずはちゃんぽんを食べる必要があるわけですが、いきなり街はちゃんぽんや皿うどんだらけでした。

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実際に食べたのが下の写真。駅のすぐ近くの庶民的な食堂で、定食類はすべて500円均一。ちゃんぽんも500円でした。すごくおいしかったです。

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長崎駅にも寄ってみました。大きなおくんちの龍がディスプレイされていて、このときにはまだサッカーW杯で日本が残っていたので、「がんばれ日本代表」という文字が書いてありました。

3時過ぎの船までまだ時間があるので、少し近場を散策することにして、船が出る港近くに向かってブラブラ歩きました。まだ雨は降っていませんが、いつ降ってもおかしくない感じ。駅から10分くらい歩くと港に着きました。そこからさらに少し歩くと、鎖国時代にオランダ人が住んでいたという「出島」の史跡があったので即入場。

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今は完全に陸地になっていますが、昔は海に突き出した小さな人工島だったところ。なかなかおもしろいところでした。建物はすべて再建されたものですか、カピタンの部屋とか、オランダ船の模型とかいろいろ。

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出島のミニチュアもありました。オランダ人は、こんなせまいところに住み続けるのは、けっこうまいったのではないでしょうか。

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中には昔の役人か通詞みたいな武士がいて、観光客と一緒に写真におさまったりしていました。

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そんなこんなで、時間がせまってきたので再び港へ。すると観光船会社の人がきて、「大変申し訳ありませんが、天候条件が悪いため、今日は欠航です。このところ3日くらいずっと欠航なんです。すみません」と告げました。ある程度予想していたとはいえ残念。しかし、もう少し早く欠航が連絡される仕組みを作ってほしい。現地に行って告げられるのでは、時間のムダが大きい。

下の写真は乗るはずだった船。確かに向こうに見える稲佐山にも暗雲がかかっていて、ちょっと無理な天気ではありました。

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急にやることがなくなったので、近くのフェリーターミナルに立ち寄ってみました。ここには軍艦島の模型が。何とか上陸したかった。次の機会がいつあるかもわかりません。

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どこかへ行ってみるにしても、結局3時からだとあまり遠くにも行けないので、市内を散策してみることにしました。まず、適当に路面電車に乗って、思案橋駅まで。

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長崎で急にやることがなくなり、思案橋あたりにきてしまうと、多くの日本人は「ど~うすりゃ、いいの~さ、思案橋~」と口ずさんでしまいます。でも私はがまんして歌いませんでした。この時点で、もう雨がけっこう降り出しています。

それにもめげず繁華街を散策。思案橋から銅座、新地中華街など。唐人屋敷跡などもこの近くだったので行ってみました。 裏道の飲み屋街がなかなか昭和っぽい風情があります。中華街も狭いですが、なかなかにぎわっていました。

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そうしているうちいよいよ土砂降りになってきたので、浜町のアーケード街に逃げ込みました。通りの真ん中には坂本龍馬とお竜さんがいました。この時の長崎も「龍馬」一色。大河ドラマの影響力にはとてつもないものがあります。

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「まちなか龍馬館」というのも寄ってみましたが、中で観光ビデオが流されていて、軍艦島も紹介されていました。下の写真は、当時実際に住んでいた人が解説をしているようすをビデオから撮影。ああ、やっぱり上陸してみたかった。

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その後も雨はやまず、暗くなってきたので、このへんで皿うどんを食べてからホテルに行くことにしました。ホテルは朝食付きで予約してあったので、食事をすませて行く必要がありました。皿うどんを食べる店は数えきれないくらい、どこにでもあったのですが、もう一度思案橋横町に戻り、うらぶれた感じの中華料理店に入りました。こういう店が案外おいしかったりします。でも入った瞬間、逃げようかと思いました。

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店内にはまったく客がおらず、従業員がひとり飯を食っていて、あとは閑散としています。店も乱雑な雰囲気。奥からおかみさんが出てきたので、もう逃げられないと思い、あきらめてここで餃子と皿うどんとビールを注文しました。

出てきた料理も何となく貧乏くさい感じでしたが、食べてみてびっくり。すごくおいしかったです。ほかの店では食べていないので、長崎ではこれくらいおいしいのが普通なのかもしれません。

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さらに雨が降り続くのでとっとと宿に入ることにし、路面電車で再び駅へ。駅にはホテルの迎えのバスが来ていたので乗り込みましたが、客は私ひとりでした。バスは市街を抜けて急な坂をどんどんのぼっていきます。斜面にも多くの住宅が立ち並ぶ、長崎らしい風景。

この日泊まった「長崎にっしょうかん」は、夜景で有名な稲佐山とは反対側の丘にありますが、やはり夜景が売り物です。けしてボロ宿ではありません。しかし、この天気では夜景は期待できず、せっかく珍しくまともなホテルを取ったのに意味がないと思いました。やっぱり、がらにもなく夜景の見える宿などを予約した天罰かもしれません。

部屋はツインルームのシングルユースなのでけっこう広々。早速窓から夜景を見ると、写真はうまく撮れませんでしたが、けっこうきれいでした。雨に煙る夜景もそれなりに風情があるというか。

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ホテルの部屋で軍艦島のチラシを見てまた涙。翌日の朝の船もあるのですが、この天気では結局同じだろうと思い、今回はあきらめました。

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しつこいようですが、長崎で雨にあたると多くの日本人が口ずさんでしまう歌があります。バックコーラスも自分で歌ったりして‥。私はそんな陳腐な行動はとりたくなかったのでがまんしてきましたが、広いお風呂をひとりで独占してくつろいでしまい、つい、「さがしっ さがしもとめてえぇぇぇぇぇっ ひとりっ ひとりさまよえ~ばあぁあぁあ」と歌ってしまいました。心から反省しております。

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翌朝早く起きて窓の外を見ると、明るくなりかけた長崎の町はやはり今日も雨でした。

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こうなれば早く出発して佐賀に移動しようと思い、朝食バイキングが始まる7時ちょうどに食堂へ。なかなかおいしかったですが、特にへんてつもない普通の内容です。

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ひとりで窓際の席を占拠して食事をしていると、徐々にほかの客が来始めて、席に着きます。何気なく見ていると、そのへんの客の全員が、それぞれ食事前に手を組んでお祈りを始めたので驚きました。

あとでホテルの歓迎看板を見たら、東京のカトリック協会が主催した巡礼ツアーの客でした。その時は本当にびっくり。長崎の隠れキリシタンが集まる宿かと思いました。

出発前によく見ると、ロビーがステンドグラスで飾られているなど、なかなか雰囲気のいいホテルです。こんないいホテルに泊まってしまい、反省しております。

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そういうわけで、結局今回の長崎訪問では最大の目的である軍艦島訪問を果たせませんでした。長崎の街を少し見学して、それなりにおもしろかったのですが、天気も悪くあまりいい条件ではありませんでした。つまり、やはり再訪しないと納得できないという結論に至りました。飲み屋街をさまよっただけで、グラバー園とか平和公園も行ってないし。

[長崎・長崎にっしょうかん](2010年6月宿泊)
■所在地 〒850-0051 長崎県長崎市西坂町20-1
■楽天トラベルへのリンク→長崎にっしょうかん
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廃墟のようなホラー系温泉宿に隠された絶品のお湯 [老松温泉 喜楽旅館(後編)]

喜楽旅館の後編です。

部屋に案内されて、おばあちゃんと少し話しをした後、とにかくまずはお風呂に入ってみることにしました。夕食は6時半とかそれくらいからで、「ふだんは2階の食堂だけど、一人分だから部屋に持ってきましょうかね」と、いうことになり、「ひと風呂浴びてきたらちょうどいいでしょう」というのででかけました。電話で予約したときに「うちはタオルも何にもないからね」といわれたのですが、浴衣はあったので、着替えて風呂に向かいました。

通された部屋は戸を開けると、目の前がすぐに水場という便の良さ。この日は群馬から来たという昔からの常連客が一人滞在していて、使ったお茶の葉を捨てたりするためにここまで何度も来ていました。

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またも例の廊下を通ってお風呂に向かいます。この1階部分は、谷の崖に密着したような感じで建っているため、上のほうに明かりとりの窓があるだけで、ほとんど外光が入りません。夕方でも照明をつけていますが、それでも薄暗い感じ。深夜、ひとりで歩くのはけっこう怖いかもしれません。

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お風呂は下の写真のような感じ。夜中、誰もいない時に撮影。木製の2つに分かれた浴槽の雰囲気は「雲海閣」にもやや似ています。温泉成分のせいかかなり古びていますが、風情のあるいい雰囲気のお風呂でした。

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夕方には5人くらいの地元おっちゃんたちがいて、「こんにちは」といって入っていくと、みんな「こんにちは」とあいさつしてくれました。私は温いお湯が好きなので、2つの浴槽のうち「温いのはどっちだべか?」と聞くと、奥の浴槽に入っていた2~3人が「ああ、こっちです」といって少しスペースをあけてくれました。

なかなかいい感じの温さで長湯できそうです。もうひとつの浴槽に手を入れてみるとかなり熱かったです。ここの温泉はもともと30度程度の鉱泉ですから沸かしています。浴槽に注ぐ蛇口のうちひとつは沸かした熱い源泉で、もうひとつは沸かしていない温度の低い源泉。これを自由に開けたり閉めたりする手動式のオーバーフローで、いずれも源泉なのでうめても温泉が薄くならないというのがいいです。

一泊してわかったのですが、熱いお湯の蛇口を開けると、すぐに全体的に熱くすることができます。だいたいひとつの浴槽を熱め、もうひとつを温めというように、客が勝手に調整しているようです。窓から見える小川と周辺の新緑、その向こうに見える大きなホテルの廃墟などが、なかなかいい眺めだったのですが、明るいうちはお客さんが多く、写真を撮れませんでした。

お風呂からあがってしばらくすると、おばあさんが食事を運んできました。


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食事もなかなかのもので、けっこう意外。そのうえ、右上のれんこんのはさみ揚げの下に何とお刺身が隠されていました。けっこうおいしいやつでした。

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さて、この宿の自動販売機にビールが置いてないことは入浴時に確認してあったので、おばあちゃんに「ビールかお酒はありますか」と聞いてみたところ、おばあちゃんは「あっ‥」といって固まってしまい、「うちは最近、そういうものは‥‥」とうろたえているのですが、要するに置いてないということでしょう。そうと知っていたら、何か買い込んでおくべきでした。


すると廊下の向こうからご主人の声が。

ご主人「なに、ビールが飲みたいの~?」
私 「できれば」
ご主人「なに、350でいいの~?」
私 「はい」
ご主人「なに、銘柄はなんでもいいの~?」
私 「はい(本当はこだわりがあるけど、このさい何でもよい)」

声が聞こえなくなり、去っていく気配がしたので、おばちゃんに「ビールがあるっていうことなんですかね?」と聞くと、黙ってうなづきながら微笑みました。夕食にあたって、たとえ350ml1本でも、あるかないかの差は大きい。

ちょっと食事をつまみながら待っていると、ご主人が350mlのエビスビールを2本持ってきました。「これでいいかな。まあ1本でも2本でもどうぞ」というので、「じゃあ2本」といってご主人の手から2本奪取。

「俺が飲もうと思って冷しといたやつなんだけどね‥‥」というのですが、こっちとしては知ったことではないとばかりに、容赦なく2本とも奪い取りました。ビール確保に必死。今から思うと、「一緒にどうですか」と誘えば良かったと反省しております。

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このとき、ご主人とはじめてゆっくり話をしました。

「俺はここの息子だけど、後を継ぐつもりはまったくなかったんだ。でも10年くらい前に親や兄弟に続けざまに不幸があって、俺がやるしかなくなった。俺が60、ばあさんが80で、俺も足が悪いもんだからあんまり長くは続けていけないな。とにかくばあさんがやるといううちは、続けていこうと思ってるんだ」ということでした。まるで徳川吉宗のような運命の変転があったようです。

そういう状況なので、なかなか思うように宿泊客を受けることもできず、今回は一人常連客の滞在があったので「1人も2人も同じだから」私を泊めることにしたようです。

「お客さんはどこか具合が悪いのかい?」と聞かれたので、「あえていえば、昔からアレルギー性の肌トラブルがあるといえばあるんですけどね」と答えると、「うちのは、効くよ~」と不敵な笑みを浮かべました。泉質にはすごく自信を持っているようです。ご主人自身があちこちの温泉をまわってきたそうですが、「いろんな泉質があるけども、まずうちのお湯が一番いいと思う」ということです。

もともとは東京で会社勤めをしていたそうで、私の住んでいるあたりにも詳しいようでした。私のデジカメを見て、カメラの話もけっこう盛り上がったのですが、何と17台のカメラを持つマニアだそうです。

温泉の経営はなかなか厳しく、温泉成分が強いために、客室のテレビも1年でダメになり買い換えているそうです。私は「もともとお湯が目当ての人はテレビなんかあってもなくてもいいんだから、テレビなしの宿にしたらどうですか。実際にそういうところはけっこうありますよ」というと、「それは知ってるけども、やっぱり、今どきテレビがないというのもねえ。ありうるとしたら、広間に1台だけ置いといて、そこに来て見てもらうとかね」

いろいろ大変なようです。それにしても長話の間、ビールをすすめもせず、申し訳ありませんでした。

寝たくなったら、ふとんを自分で敷きます。蛍光灯のひもが延長されていて、寝ていても消灯できるというのは、なかなか便利。昔はけっこうどこの家でもやっていたものですが。

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深夜も何度もお風呂に入り、女性用の浴室も密かにチェックしてみましたが、男性用と向きが違うだけでまったく同じでした。とにかく夜中にひとりで独占していると、つくづくいいお湯だな~と思いました。好きなだけ源泉を出すことができるし、那須では珍しく飲泉もできるようになっています。


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翌朝も早くからお風呂に行くと、常連客とご主人がすでに入っていました。浴槽のひとつはお湯をためている途中で、かなり熱い状態。ご主人「毎朝、入れ換えてるんだ。そっちはまだ熱いんじゃないかな」といって、自分も入浴しながら湯加減をみています。

「どうだい肌の調子は?」と聞かれて、確かにお肌がしっとりつるつるしていることが実感できたので、「いやあ、いつになく感じがいいです」というと、「そうだよ、1回入るだけだってそれなりに効果があるんだよ。もし時間があるんだったら、昼頃までいたってかまわないんだから、ゆっくり入っていけばいいよ」といってくれました。

ご主人が去ったあと、例の群馬から来たという常連のおっちゃんは「ここに来るのは3年ぶりくらいかな。ここも前はもっと混んでいて、だいたい浴槽に浸かっても足も伸ばせないような感じだったけどね。何にでも良く効くけど、飲むともっといいよ」と絶賛しておりました。

その後、朝から近所の人らしき立ち寄り客もきましたが、その人がいうには「だいたい地元の人間は、ここか雲海に行くね。やっぱりお湯がいいですよ。弱アルカリでね。鹿の湯は飲めないしね。昔は鹿の湯のお湯が強くて、肌がただれたりした人が、ここで少し仕上げて行くような感じだったね」

そうすると、草津温泉における沢渡温泉、四万温泉のような感じでしょうか。

朝食はご主人が持ってきて、「ごはんはそれで足りるかい」というのですが、足りるどころではありません。「いや、朝からこんなに食えませんよ」というと、「食うやつは朝からでも食うからね」と笑って、お膳を置いていきました。

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この日は朝のうちかなりいい天気だったのですが、お言葉に甘えてゆっくりしているうち、雷雨になりました。正午ごろにはけっこう降っていましたが、このままいると今日中に帰れなくなってしまうので、重い腰をあげました。荷物をまとめて母屋に行くと、おばあちゃんが一人だけいて、ご主人は「今、ちょっと買い物に出た」とのこと。請求書を見ると、ビールは1本250円で付けてありました。商売っ気なし。晩酌用のビールを奪ってしまい、まったくすまないことでした。

ちなみに母屋の入り口の左側に、地下洞窟に向かうような謎の階段がありました。この下には源泉口があるそうです。

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「ご主人によろしく。また来ます」といって、宿を後にしました。

このあと、近くのバス停には行かず、雨の中を少し下の一軒茶屋まで歩くことにしました。いつも寄っているキングハムの直売店でハムを買うためです。2kmくらいでしょうか。バイクやクルマならあっという間です。でも実際に歩いてみると思ったより遠く、風雨は強いし、車道のクルマはガンガン飛ばしていくので水がかかるし、泣きそうでした。

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ようやくキングハムに付くとほとんど小降りになっていたのは皮肉な感じ。ハムを買い、黒磯駅行きのバスを待って乗り込むと、またまた雷が鳴り、土砂降りになってきました。黒磯駅到着時には最も雨足が強くなり、バスは駅入り口に付けてくれたのですが、乗客はみんな必死に走って駅に飛び込んでいました。

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今回、念願かなっての1泊の滞在でしたが、思った以上にいいお湯で、何よりもご主人とおばあさんのへだてのない対応のおかげで、すっかりくつろぐことができました。ぜひとも近いうちに再訪したいと思っています。

[老松温泉  喜楽旅館](2010年6月宿泊)
■所在地 栃木県那須郡那須町大字湯本181
■泉質 不明(硫黄性の弱アルカリ泉と思われる)
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廃墟のようなホラー系温泉宿に隠された絶品のお湯 [老松温泉 喜楽旅館(前編)]

このあいだ那須塩原駅近くに行く用事があり、この機会に懸案だった宿に泊まってみることにしました。那須湯本温泉街の中にある「老松温泉・喜楽旅館」です。チラホラ聞こえる情報では、いま時まれに見るボロ宿だとか。しかし酸性の硫黄泉である那須湯本の中で、珍しく弱アルカリ性のすごくいいお湯だということです。前からぜひとも行ってみたいと思っていたところです。

ただブログなどを見ても実際に宿泊した、という情報がなく、様子がわからないのでとにかく電話してみることにしました。電話に出たおっちゃんとの会話。

私 「そちらは宿泊もやってますか」
おっちゃん「やってますよ」
私 「じゃあ、あさって1泊で一人お願いします」
おっちゃん 「‥‥でもねえ、うちはすごいボロだからね~」
私 「かまいませんよ。別に泊まれるわけでしょう」
おっちゃん 「いや、でもけっこうびっくりするよ」
私 「いや、かまいませんからお願いします」
おっゃちん 「そう。じゃあいいけど。でも、うちに来たことはあるの?」
私 「そちらにはないけど、那須湯本はけっこう行っているので場所はだいたいわかりますから」
おっちゃん 「いやあ、場所の問題というより、すごくボロだからね~。どうかなあ~」

とあくまでも警戒している様子。「ボロだから泊まりたいんだろうがっ」と口にするのも失礼なので困りましたけど、

私 「でも例えば那須だと雲海閣さんなんかも行ってますし、たいてい大丈夫です」
おっちゃん 「えっ、雲海に泊まってんの? じゃあ大丈夫だ。あそことはいい勝負だから」

ということで急に話しがまとまって泊めてもらうことになりました。当然素泊まりのつもりだったのですが、食事も用意できるということなので2食付きでお願いしました。

当日は、那須塩原で用事が済んだのが午後3時頃。ここから那須湯本まで直行するバスもあるのですが、駅の観光案内所で聞いてみると、「もう今日のバスは3時前に終わっているので、在来線で黒磯まで行ってください。黒磯からだとたくさん出ています」ということなので、黒磯駅に向かいました。

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黒磯駅で少し時間があったので周辺を歩いてみましたが、けっこう渋い商家などがあり、いい雰囲気の駅前でした。でも全体的に寂れた感じが否めません。昔ほどのにぎわいは失われてしまったようです。

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バスに乗って那須湯本へ。何度も来ているところですが、けっこう久しぶりです。温泉神社も久しぶり。足湯なんかもにぎわっていました。このへんで時間としては5時くらい。雨がポツポツと降ってきました。

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泣く子も黙る那須の名湯「鹿の湯」もにぎわっていました。今回は時間がないのでパス。喜楽旅館は「鹿の湯」と同じ小川沿いの谷にあるので、いったん「鹿の湯」まで降りて、谷沿いの道を歩きました。

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本当はもっと宿に近いバス停がひとつ手前にあるのですが、今回は一応那須湯元まで行ってみました。どうせ歩いてもすぐの距離です。

この谷沿いの道をここまで歩いたことはありません。途中にライトアップされた変なお稲荷さんがあったり、ホテルの廃墟があったり、「鹿の湯のそばのそば」という蕎麦屋さんがあったり、ちょっとわからない通りでした。

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宿に行くにはどこかで小川を渡らないといけないのですが、どうも入り口が発見できません。いろいろ迷っていると、古いホテルの廃墟の脇道を発見。この道が正解でした。

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この細い道が入り口だなんて、なかなか気がつきません。というのも、喜楽旅館に行く本来の道は、もっと那須街道の下側に当たる駐車場経由になるので、こちらはメインではないのでしょう。

とても旅館があるとは思えないような雑草が生い茂った先に、やがて建物が見えてきました。

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雨がけっこう強くなってきてレンズに水滴がついてしまいましたが、そんなことを気にしている余裕も与えないような建物です。

もっと寄ってみました。

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キタ~!! これはすごい!!

さらに意味もなく寄ってみた!! (©ドンさん)

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これは宿というよりただの廃墟では???? 「雲海とはいい勝負だ」などといっていましたが、雲海閣さんにしてみると、一緒にされたくないのでは?

この見えている部分は建物の2階部分にあたり、谷底の下に1階がありました。

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もう崩れ落ちそうです。この部屋に泊まれといわれたら無理でしょう。日本人形が寂しげに転がっていたり、けっこう不気味なムードもあります。でも、事前にかなりボロだといわれていたので、気を取り直して、この建物に続く入り口に向かいました。

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この建物が客室とお風呂がある湯小屋棟です。その向かい側の母屋棟にご主人とおばあちゃんがこたつに入ってこちらを見ていました。

「電話したものですが」というと、「ああいらっしゃい。けっこう降ってきたね。部屋に案内しますから、とりあえず向こうの建物に行って、階段を下に降りてください」といわれたので、いよいよ建物に入りました。

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階段からしてもうかなりきています。この階段を下に降りてみると、どこか別の秘密の通路を通ってきたらしく、おばあちゃんが下で待っていました。

お風呂やトイレを教えてもらいながら部屋へ。お風呂の手前に自動販売機などもあって、「けっこう普通の感じじゃないの」と思ったのですが、さらに奥へ奥へと案内されていくと、客室に続く廊下がまたすごい。

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壁はボロボロにはがれています。強い泉気がもらたした結果でしょうか。天井あたりの染みを見ていると、「仄暗い水の底から」でしたっけ、あれを思い出しました。ホラーの館か。

ようやく到着した部屋は、けっこうまとも。ボロ宿好きといっても、やはり私も限度があるようで、ちょっと安心しました。

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お茶を入れてもらいながら、おばあちゃんと話していると、おばあちゃんはここの人ではなくよそから手伝いにきている「親戚みたいなもんだ」といってました。もともとの主人が、戦後この宿を始めたそうで、徐々に客室なども広げて現在の形になったそうです。

ここまでであまりにも長くなってしまったので、後編に続きます。

[老松温泉  喜楽旅館](2010年6月宿泊)
■所在地 栃木県那須郡那須町大字湯本181
■泉質 不明(硫黄性の弱アルカリ泉と思われる)
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