日本ボロ宿紀行

ボロ宿にあこがれ、各地のボロ宿を訪ねています。

2010年10月

「ボロ宿」というのはけして悪口ではありません。
歴史的価値のある古い宿から単なる安い宿まで、ひっくるめて愛情を込めて
「ボロ宿」といっています。自分なりに気に入った、魅力ある宿ということなのです。
もともと、できるだけ安く旅行をしたいということから行きついた結果ではありますが、
なるべく昔の形を保って営業している個性的な宿を応援していきたいと思います。
湯治宿や商人宿、駅前旅館など、郷愁を誘う宿をできるだけ訪ねて、
記録に残していくこともいずれ何かの役にたたないかなと‥‥。

風情ある花街にひっそりと立つ片泊まりの宿 [京都先斗町 三福]

先日、京都で2時間くらい時間があったので、四条河原町あたりでお昼を食べようと、京都駅からバスに乗って行ってみました。京都駅で何でも食べられるのですが、京都の知らない店でラーメンでも食べてみようかと。

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四条河原町はあいかわらず人だらけ。うんざりしていると「先斗町」と書いた看板を見つけたので、ゴミゴミした表通りから避難する意味もあり、ちょっとのぞいてみることにしました。「ぽんとちょう」というな変な名前の由来なども書いてあったような気がします。

長い歴史のある京都の中では新興の花街でしょうが、表通りの混雑とはうって変わって静かで、伝統を感じさせる情緒のある通りです。風流な宿でもあったら見学しようと思いました。

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「先斗町」と聞くと私の場合、反射的に古人が残したある一節を思い起こしてしまいます。「どのような場所にどんなきれいな雪が降ろうとも、いったん溶けてしまえば、どこにでもあるただの水に過ぎない    」という深遠な哲学。

それはともかく、せっかくなので先斗町に入る前に、鴨川の河川敷沿いを三条大橋まで歩いてみることにしました。その昔、出雲の阿国が人気を集めたまさにその現場です。いまではカップルが集まる名所。例の納涼床がたくさん並んでいます。

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この日は時間が早いのかカップルはいなくて、掃除中の店の人にちょっかいを出そうとしている猫がいました。

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舞妓さんが「鴨川をどり」を練習するという先斗町歌舞練場も見えます。

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三条大橋まで行って、今度は高瀬川に沿うような感じで折り返し、先斗町に入り込みました。ちなみにしつこいようですが、私は「高瀬川」と聞くと夕焼けの景色を思い出します。

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とにかく真っ昼間の先斗町はあまり店は開いてませんでしたが、やはりいい雰囲気の通りでした。町家風とはいっても、高そうな店が多いですけど、気軽にお昼を食べられそうな店もありました。

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軒がつらなる隙間から、鴨川を眺めて休憩している2人の美人旅行者もいました。


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宿も発見。「三福」という片泊まりの宿です。建物は古くて目立たないけれど、たぶん有名な旅館のような気がします。朝食だけ付いて、かなりの料金設定になっているはずです。でもその朝食がまたおいしいんでしょうね。宿自体がすごくいい雰囲気なので、一回くらい泊まってみたいと思いました。ここにひっそりと泊まって、実は祇園あたりで晩ごはんを食べる。このブログらしからぬふるまいかもしれませんが、やってみたい(笑)

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こうしてまた河原町駅付近に戻ってきました。この付近にもちょっと裏に入るとなかなかいい感じの通りがあります。

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京都というところは、日本特有の歴史遺産があちこちに残っている唯一無二の特別な都市なので、部分としてはすばらしい景観があるわけです。しかし全体としてはどこにでもあるただの雑駁な地方都市にしか見えません。いまさらいってもダメだと思いますが、せっかくの都市の個性を殺してきたのは、すごくもったいないと思います。

なお、お昼は高瀬川に面したラーメン屋に入ってみましたが、失敗に終わりました。

[三福](2010年9月見学)
■所在地   京都市中京区先斗町三条下ル
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平安時代創業の東山道の宿。座敷には旅籠時代の趣が [関ヶ原 旅館 桝屋]

先日、名古屋から京都へと一泊で移動するという用事ができました。

名古屋で仕事をして、翌日の午後は京都。宿泊するのは京都でもいいし、名古屋でもいい状況でした。でもせっかくなのでふだん通り過ぎるだけのどこか小さい町で泊まってみようと、関ヶ原で宿を探しました。なぜか関ヶ原にあこがれがあったからです。何より歴史上最大の決戦である「関ヶ原の戦い」の古戦場として有名。ふだん新幹線でも在来線でも、山に囲まれた関ヶ原盆地を通りますが、関ヶ原付近から伊吹山山麓あたりの天気は、なぜかほかとまったく違うことが多いという不思議なエリア。前から探訪してみたいと思っていたところなのです。

こんな機会はめったにないので、しめしめと思って宿を探し、結局予約をした「桝屋」は、創業が永長元年というす ごさ。そんな元号聞いたことがなかったので、どれくらいすごいのかピンときませんでしたが、西暦だと1096年でした。平安時代です。もちろん建物はずっと新しいのですが、それでもそんな歴史のある宿ならぜひ泊まってみたいと思いました。

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名古屋から京都まで通しの普通乗車券を買って電車に乗り込み、夕方関ヶ原駅に到着。実際駅に着いてみると、有名な地名とは裏腹に駅前はひどく寂しく、観光用の地図はあるものの、売店ひとつありませんでした。もっと観光化されているとばかり思っていました。

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駅から見ると夕焼けのシルエットで、石田三成が布陣したという笹尾山が浮かんで見えます。

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一方反対を振り返ると徳川家康の本陣があったという桃配山もすぐ前に見えています。こんなせまいところで大軍が対峙したわけですから、それはものすごく激しい戦いだったのでしょう。

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「桝屋」は駅から歩いて1分くらいの旧中山道沿いにあります。すぐに着いたのですが、宿に入る前に薄暗くなった付近を歩いてみました。何しろここは古代からの交通の要衝で、伊勢に向う街道もありました。しかしその道はただの狭い路地でした。こんな何でもないような道が重要な街道だったわけです。古そうな家もたくさんありました。

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宿の玄関に当たる正面側は新しくなっているのですが、奥は古い建物でたいへん情緒があるいい宿でした。廊下にも畳が敷いてあるのは、必要に応じて襖や柱をとっぱらって、大きな広間として使うためだそうです。部屋は中庭に面していてなかなか風情があります。

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玄関から一番奥の部屋に向う廊下もなかなかいいムードでした。部屋と廊下が一体化してしまっている感じ。


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「お客さんは古戦場めぐりですか」と聞かれたので「いや、今日は名古屋で仕事だったんですけど、明日午後には京都にいなくてはいけないので、途中のどこか知らない土地で泊まってみたいと思っただけなんです」と正直に話しました。

隣の部屋には旧中山道を歩いてきたというご夫婦が先着していましたが、何しろ襖一枚で欄間は素通しなので、すべての会話が筒抜けです。それにしてもよくぞこんな宿が残っていたものです。

女将さんは「午前中だけでも、何か所か回れますよ。あとでご紹介しましょう。すぐにお風呂に入りますか」といいます。私が「入れるなら、すぐに入りたい」というと、隣の客のところにいって「お風呂はお済みですか」と確認してくれて、それで私も入ることにしました。

お風呂は新しくなっていますが、宿の雰囲気をこわさいない木製の湯船で、小さいけれどなかなか快適なお風呂でした。

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そのあとの食事は鍋。豚鍋とごはんのみ(笑)。部屋にはガスボンベが設置してありました。「前は旅館風の天ぷらとかお刺身も出していたんだですけど、そういうのには飽きたというお客さんが多くて最近はずっと鍋にしています。1年中。夏、どんなに暑くても鍋です。私が楽をしたいというのもありますけど(笑)」

確かに少し冷めたような天ぷらや焼物より、鍋のほうがうれしいかなあとも思いました。けっこう量があったのですが、ビールを1本飲んで、鍋は全部食べてしまいました。

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食事の片づけの時に女将さんと少し話しをしました。

私「すごく風情のあるいい宿ですね」
女将さん「昭和に建て替えたんです。その前はもっと古い建物だったんですけどね。写真が玄関のところに飾ってありますけどね。もう土台が傷んでいてどうにもならない感じだったんです。工事も大変でした」
私「女将さんはここの娘さんですか」
女将さん「いいえ嫁です。だから私もそんなに古いことは知らないんです。態度がでかいのでいつも家付きと思われるんですが(笑)」
私「いやいや、態度がでかいだなんて、そんな‥。しかしこの宿は平安時代からといいますけど、本当ですか?」
女将さん「そうです。ですから中山道というより、東山道の時代ですね」
私「そうすると関ヶ原の合戦の時はすでにあったわけですよね。すごいことですね」
女将さん「そういうことになります。でも最近は、観光のお客様は大垣あたりのホテルに泊まって移動しますから、あまりこのへんで泊まる方は多くないです。たまに街道歩きのお客さんがきますけど。ただうちは毎年海外の大学の先生が学生を連れてくるので、けっこうその時は大変なんです」

その外国の先生はよほどこの宿が気に入っているのでしょう。そのほかにも固定的な客がいて、土日はだいたい満室になってしまっているそうです。こんな貴重な宿なら当然のことだと思うのですが、逆に日本人はビジネスホテルを好むという矛盾。

この付近はこの家を入れて3軒の和風旅館があるそうですが、あまり景気は良くないようです。そのうち一軒は80歳を超えたばあちゃんがひとりでやっていて、去年あたり「もうやめる」といっていたそうですが、最近の話しでは「もう1年はやる」というふうに延長されたそうです。大変でしょうが、がんばってほしい。

女将さんは「私はそんな80までなんて、とてもとてもできませんから、適当にやめようと思っています」ということでした。とても頭の回転の早そうな、おもしろい女将さんだったので、おそらく将来のことについてもそれなりに考えがあるのだと思います。
こんな会話をなんだかんだと1時間近くもしたでしょうか。

女将さんが去ってしばらくして気づくと、隣の部屋の電気が消えていて、テレビの音もしません。まだ9時くらいだったのです。そうするとこっちも早寝しないと悪いなと思って、とりあえず電気を消し、テレビも消音にして、もらった地図などを眺めて計画を練りました。開けっ放していて気持のいい風が入っていた中庭側のガラス戸も、少し寒くなってきたので閉めて、ふとんに入って計画立案。

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とにかく早起きして「不破の関跡」には行ってみたい。「関ヶ原」の「関」は、この不破の関なわけですから、地名の元になった関所の場所だけでも見ておきたいと思ったのです。地図上の目分量では2kmくらいありそうでしたが、早朝なら車も少ないし、どうってことはないと思いました。そんなことをしているうちに私も寝てしまいました。

翌朝は5時くらいに起きてこっそりと出かけました。このへんの旧中山道は今も幹線国道ですから、朝から大型トラックなどが通っています。しかし並んでいる建物にはどこか旧街道らしいの風情があります。

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この町で貴重だったはずの夜の歓楽ビルは、廃業してしまったようでした。

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途中には関ヶ原の合戦の時の首塚もあり、歴史を感じさせます。このへんでもずいぶん多くの兵が死んだのでしょうか。

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しばらく行くと、旧街道が国道からそれ、急に静かな道になりました。きれいな舗装路ですが、両脇には古そうな建物も多く、昔を感じさせます。不破の関跡もすぐに見つかりました。不破の関はだいぶ古い時代に廃止されてしまったのですが、その後も関守はいたらしいです。

この国境は古代に大海人の皇子が越え、東国の兵を募って壬申の乱に勝利しています。岐阜と滋賀の境には国境を挟んで寝ながら会話ができたという「寝物語の里」もあるとか。どこか伝奇的で風流な話しです。

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この付近には宇喜多秀家の陣や福島正則の陣跡もあるみたいです。とにかく朝食までには戻ろうと、また2kmの道のりを歩きました。ますますクルマは多くなっていて、歩道が狭くて危ない感じ。しかし、気分は古代ロマンに浸りきっていたので、あまり気になりませんでした。

部屋にもどってしばらくすると、女将さんが「あら、戻ってらしたの。全然気がつかなかった。よっぽど静かに戻られたんでですね」というのですが、いや、普通に戻りましたけど。宿の玄関で昔の写真も見ました。やっぱり昔の宿のほうがいい感じです。

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朝食は旅館風のスタンダード。おいしかったです。食事のあと、いくつか見どころポイントを教えてもらいました。あまりにも詳しいなあと思ったら、ふだん、ボランティアで関ヶ原町の観光ガイドもしているそうです。

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そんなわけでいろいろお世話になり、宿を出る時は、原哲夫が描いた戦国武将が表紙になったパンフレットもくれました。マンガの影響で人気が高いパンフレットだそうです。

この日は結局、お昼ごろには京都に到着しました。あまり観光名所を見ることはできなかったのですが、付近の街道といい、古戦場といい、いろんな見どころがあることがわかったので、今度行く時はゆっくりと歩いてみたいと思います。

[旅館  桝屋](2010年9月宿泊)
■所在地  不破郡関ケ原町大字関ケ原597 
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大阪の下町に残る簡易宿泊所街を訪ねる [大阪 旅館 松広]

大阪の地下鉄四つ橋線にある「花園町」という駅近くに用事があって行ってきました。

このへんは大阪の下町。西成区のドヤ街エリアにも近く、ボロい宿ならいくらでもありそうです。昔は釜ヶ崎、今はあいりん地区などというそうですが、要するに昔からの日雇い労働者の町です。歴史のある土地柄だけに逸話も多く、豊臣秀吉もこのへんで休憩してお茶を飲んだとか。私は寄せ場の歴史などにも関心があったので、前から一度行ってみたいと思っていました。昔、一度だけ南海の「天下茶屋」駅周辺に行ったことはありますが、あいりん地区に足を踏み入れるのはまったく初めてです。

しかし現代のこの地区は、貧困ビジネスや薬物犯罪の温床になっているといわれており、昔の高度経済成長期ならまだしも、いまや日雇い労働者も高齢化し、非正規労働のあり方自体が議論の対象になっています。全体として大きな社会問題ととらえるべきで、古い宿の風情などとは関係ないので、安易にブログネタにしていいものかどうか。

とはいえ、どんなようすなのか見るだけでも見てみたい。そういうわけで、まず御堂筋線で「動物園前」駅まで行き、付近を歩いてみることにしました。このへんはジャンジャン横町や新世界、通天閣がある繁華街で、現在は別にあやしい感じはありません。飛田遊廓なんてのも以前はあったみたいですが。一応ビリケン様の足の裏もなでてきました。

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付近にホテルや旅館があります。これはいわゆるラブホテルでしょうか。

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その後どういうふうに移動すべきか迷いましたが、結局阪堺電車の「南霞町」から「今船」まで電車に乗ってみました。老朽化が目立つ素朴な路面電車です。「南霞町」駅も、その昔のあいりん地区暴動では放火され、全焼してしまった駅。現在の駅周辺は、古い飲食店が多いくらいで、それほど変わった感じを受けませんでした。電車は最近の暴動の舞台となった西成警察の近くなどを通り、古びたビル街の中を進んでいきます。

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いよいよ「今船」駅でおりて、北にもどる感じで歩いていくと、下町らしい雰囲気の住宅街があり、さらに先には老朽化した商業ビルや簡易宿泊の宿が目につきはじめました。

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阪堺電車の線路際で「旅館松広」を発見。これもドヤの一種だったのでしょうか。老朽化しているものの、ふつうの旅館のようにも見えます。今は営業しているのかどうかわかりません。

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付近にある簡易宿泊所は一泊1000円台の看板が多いようでした。さらに進んで「萩之茶屋南公園」というあたりにさしかかると、ドヤ街というより、ホームレスに占拠されたような状況。日本にこんなところがあったのか、というくらいのすごいところでした。

私はふつうにスーツを着て歩いているのですが、路上生活者らしき人々は、半ズボンに上半身はシャツをはおったくらいの感じ。このおっちゃんたちがガンを飛ばしてきます。彼らから見ると私はいかにもあやしく見えたはずです。私は東京の山谷地区などをイメージしていたのですが、全体としてそういうレベルではありませんでした。まあまあふつうの人も歩いてはいるのですが、その三角形になった公園脇の道だけはとても入っていく気になれませんでした。国会議員の先生方は、こんな状況を実際に見た上で放置しているのでしょうか。

この先にアーケードの商店街があり、ふつうに商店や喫茶店なども営業していました。この通りは南海本線の「萩ノ茶屋」駅前に続く商店街。先ほどの公園でショックを受けたせいか、ここを通って駅まで行く途中もどこかあやしいムードを感じてしまいます。立ち飲み屋とか安い飲食店が多く、どの店も昼間っから酒を飮むおっちゃんたちでにぎわっていました。「じゃりん子チエ」の世界。

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「萩ノ茶屋」駅まで行くと、駅前の路上で酒盛りをしている連中や、段ボールで家を組立てている連中などもいらっしゃいました。結局「今船」駅から「萩ノ茶屋」駅へ、そこから四つ橋線の通る大通りに出て「花園町」駅まで、ゆっくり歩いてだいたい30~40分程度のお散歩。

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興味本位でわざわざ自分から出かけ、ほんのちょっと歩いただけのことです。しかし知らず知らずのうちに肩に力が入っていたらしく、ふつうの通りに出て心からほっとしました。

最近の簡易宿泊施設は外国人のバックパッカーなどにも安い宿としても人気があるようです。そうはいっても、やはりこんなブログで、何かおもしろい場所のように扱うのは不謹慎な気がするので、写真もちょっとだけ載せることにしておきます。ああ‥。でもやっぱりネタにしてしまった‥。

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結局のところ、たいていの人の暮しにおいて“お金”の問題はとても大きい。リーマンショック以後は、ますます非正規労働者にしわよせがいっている気がします。私としては通天閣のUFOキャッチャーで取ったビリケン様に、祈るしかないのがつらいところです。

[大阪市西成区・旅館松広](2010年9月見学)
■所在地   阪堺電車「今船駅」近く
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宇都宮駅前立地の明治元年創業・老舗旅館 [宇都宮 旅館藤江]

先月宇都宮に行く用事があり、駅前通りで発見したのが「旅館 藤江」です。見るからに古そうな風格のあるたたずまいなのですが、いままで聞いたことがありませんでした。あとで調べてみたら、明治元年創業の有名宿で、今も元気に営業をしているようで、食事もかなりおいしいみたいです。

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宇都宮というと東京に近すぎてなかなか泊まる機会がないのですが、今度宇都宮に泊まることがあったら絶対ここに頼んでみようと思いました。

宇都宮はいまや餃子の町として有名。駅前には餃子の像などもあるのですが、餃子店の前でも変な餃子キャラクターを見つけました。

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駅前の通りを東武宇都宮駅方面に歩いていくと、川を横切りますが、この周辺はビジネスホテルがたくさんありました。そしてその近くに「旅館 藤江」もあります。宇都宮も歴史のある町であると同時に、日本の近代化とともに急速に発展した町です。おそらく明治,、大正の頃はこのへんが旅館街になっていたのではないでしょうか。

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「旅館 藤江」の入り口は唐破風づくり。中を見ていないのでなんともいえませんが、かなり建て増しや改造をしているようです。

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昔はたくさんあったはずの典型的な駅前旅館風。清潔で感じの良さそうな宿です。ビジネスホテルとの競争の中、こんな宿が平気で駅前に残っているなんて、宇都宮もたいしたものだと思いました。

旅館の右サイドはもともと隣接していた建物が取り壊されたらしく、あまり整備されていないまま壁がむきだしになっていました。このへんを見ると古さを感じます。

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この日、ちょうどお昼にかかる時間帯だったので餃子を食べようと思っていたのですが、仕事の打ち合わせと食事が一緒になってしまい、こじゃれた店ですき焼きみたいなのを食べるはめになってしまいました。今度、ぜひともこの宿に泊まり、餃子も食べてきたい。駅中にも餃子店があり、おみやげ餃子もいろんな種類が置いてあったので、この時はおみやげを買って帰って食べました。

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[旅館 藤江](2010年7月見学)
■所在地 〒320-0811 栃木県宇都宮市大通り3-3-3
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まさに「島が丸ごと潮騒文学館」 [神島 山海荘]

鳥羽の港から「神島」に寄って東京にもどる──。この計画に沿って、答志島、神島、管島を順番に回るルートの市営船に乗り込みました。10時40分発。けっこう乗客がいます。

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まず答志島の和具港に寄り、そのあとが神島。神島は最初から遠くに見えていましたが、どんどん近づいていきます。よく晴れた日に、島の多い海を走る船の気分は最高!!   ほんとうに気持がよかったです。

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船は小型ですがけっこう近代的なやつで、スピードも出ていました。遠州灘と伊勢湾に面した狭い海峡なので、けっこう潮の流れが早いのかどうか、揺れが激しくて、立っていると危険な感じでした。しかし上層キャビンの客はみんなけっこう歩き回りながら周りの風景を見たり、撮影したりしていました。

「神島に寄ってから東京に帰る」というのは、かなり酔狂な企画だと思ったのですが、これだけ乗客がいるところを見ると、それなりに一般的な観光ルートなのかもしれません。

港に近づくと海岸に沿ってけっこう人家もあり、船もたくさん繋留されています。

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さらに意味もなく寄ってみた(©ドンさん)

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「山海荘」という民宿らしき建物の看板も見えました。もし日程があえばこの島に1泊したかった。

浮桟橋の船着場にはちょっとした待合室があり、ここはクーラーがきいていました。いちおう確認してみると、伊良湖岬に行く船は午後2時出航。だいたい2時間30分くらいこの島で時間がありました。

いよいよあの「潮騒」の島に上陸。まさかこんなふうにして突然訪問することになるとは思いませんでした。こんなに無計画でいいのでしょうか。しかし天候に恵まれて、桟橋から見ても本当に海がきれいでした。

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「潮騒」は小説も読んだことがありますが、私の場合、やっぱり印象が強いのは山口百恵・三浦友和版の映画です。

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その昔は吉永小百合・浜田光夫版もありますが、こっちはさすがに見てません。

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ほかにも何回か映画化されていますが、とにかく小説は、三島由紀夫としては珍しい純粋な恋愛小説で、島の漁師・新治と海女・初江の物語。「神島」は「歌島」という名称で舞台になっいてました。

桟橋のそばに小さな島の全体像がわかる観光案内版があったので、これを参考に計画を立てることにしました。 

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基本的には歩いて2時間ほどの島を周回する道路があり、これが一般的な観光コースのようです。これを回ると景色のいい灯台や、小説でも重要な舞台となった「観的哨」という旧軍施設の廃墟などを見学することができます。この廃墟では、有名なシーンが繰り広げられるのですが‥。椎名誠が書いた「わしらは怪しい探検隊」という本に出てくる浜もあるそうですが、しかしかなりの上り下りがある悪路のようで、迷いました。

待合所の人に聞いてみると、「この暑さでは、やめときなさい」という感じでした。ただ平地を2時間歩くならまだしも、スーツと革靴で山道はきついかも。しかもけっこう重い荷物を持っていて、それを預けられるようなコインロッカーなどもありません。まあ、頼めば港に一軒だけあった食堂あたりで預かってくれたかもしれませんが。

とにかくいったんその食堂に入ってアイスコーヒーを飲みながら、地図などを見て考えました。やはり普通に歩いて2時間かかるということであれば、船に遅れる危険もあることだし、一周するのはあきらめることにしました。しかし、港で一緒だったおっちゃん、おばちゃんたち15人ほどの団体は、最初から一周する計画だったらしくトレッキング装備で元気に出発していきました。同じ船に乗っていた若い男女のグループは、釣竿を持って埠頭へ。

ひとり残された私は、まあ、しょうがないので一応今度泊まる時のために「山海荘」をチェックして、そのあと映画にも出てくる「八代神社」にでも行ってみることにしました。

しかしどこに行くにもコンクリートの階段だらけの集落です。山に貼りつくように町ができているのでしょうがありません。

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「山海荘」もこんな階段の途中にあり、なかなか立派な旅館でした。見た感じ、あまり島の宿という風情はなく近代的な建物です。宿泊客もけっこういるらしく、若い女性客が歩いてきたので「これから一周するんですか?」と聞いたら「わたしたちはきのうから泊まっていて、もう一周してきました。けっこうきついですよ」と笑っていました。やっぱりやめておいてよかった。

この宿は日帰り客向けには昼食も出してくれるみたいです。ご当地ハンバーガー「とばーがー」ののぼりも出ていました。

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荷物を持っているのでけっこう大変なのですが、とにかく山の上にほうに向かってみることにしました。狭い路地に古びた民家が並んでいて、素朴ないい雰囲気です。

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少し行くと時計がありました。昔はここの時計台が島で唯一の時計で、島民はみんなこの時計に頼って生活していたそうです。

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このすぐ近くに昔の洗濯場がありました。ここも昔は島の生活にとっては貴重な水場で、また島民のコミュニケーションの場だったそうです。この前にある「寺田さん」というお宅は、三島由紀夫が滞在した時に世話をした家だということです。

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さらにのぼっていくと、「八代神社」に向かう別れ道があったので、そっちから神社に回ることにしました。この付近の高台の道は眺めがよく、集落全体を見渡すことができました。

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せまい土地に、けっこう家が立て込んでいます。向こうの丘にはお寺らしき建物もありました。しかし急斜面に町ができているので、生活するのは大変かもしれません。

このすぐそばが八代神社への石段だったのですが、とてつもなく長い階段で、はるか上に鳥居が見えました。私はふだん長い石段の上に社がある神社の場合、めんどうくさいので下から拝ませていただくことにしています。しかし今回ばかりはトレッキングをやめたので時間があるわけで、とにかく上がってみることにしました。

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この階段は吉永小百合ものぼったみたいです。映画のスチールが看板になっていました。

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しかし実際にのぼってみると、吉永小百合は笑いながらのぼっていますが、かなりきつい石段でした。200段以上。荷物があり、猛暑であることを別にしてもきつい。太股があがらなくなってきました。途中で何回も休みながら、ようやく上の境内に到着。もう全身、水浴びでもしたように汗だくです。

さらに上がったところにある最後の鳥居をくぐると、何か作業していたおっちゃんが「こんにちは」というので、私も息絶え絶えで「こんにちは」とあいさつしました。

しかし途中の眺めは最高でした。知多半島はすぐ近くにはっきりと見え、島のけっこう近くを伊勢湾フェリーらしき大きな船が通るのも見えます。渥美半島は方角が違いますが、もっと近いはずです。

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この景色を見ただけでも、「のぼってよかった」と思いました。境内は森があってまだしも涼しいので、ここで「海月」でもらったおにぎりを食べることに決定。

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なんだかよくわからない写真ですが、おにぎりは昆布とたらこの2種類。飲物は生ぬるいお茶しかなかったですが、実においしかったです。日陰で風が通ると一瞬涼しい気がします。シチュエーションと食べ物が関連づけられた記憶は強く残る。という私の法則からすると、この境内でのおにぎりのおいしさはずっと忘れないでしょう。「海月」の女将、「八代神社」のおっちゃん、その節はありがとうございました。

神社でけっこう時間を過ごしたので山をおり、集落をもう少し見て歩きました。桟橋から上がってきたところの通りには、さっき紹介した「タコめし」なんかを食わせる食堂があって、その前の通りがいってみれば島のメインストリートです。

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公共施設や郵便局などもこの通りにありました。
しかし車がまったく通らないので、子供がスケボーで遊んでいます。おそらく交通事故がほとんどない島。

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暑い中を神社にのぼったので、改めて自販機でアイスコーヒーを買い、公民館みたいな建物の前のベンチで飲みました。やれやれと思っていると、島一周トレッキングにでかけたおっちゃん、おばちゃんたちが、出かけたのとは反対の方角から戻ってきました。なんという体力。どうみても60~70くらいはいってそうなグループなのに。

元気なおっちゃん、おばちゃんたちを見ると、ヘタレてしまったことを反省しました。しかしたぶん一緒に歩いていたらみなさんに迷惑をかけることになったかもしれないので、やめておいて正解だと思います。

そんな感じで1時30分くらいになり、浮桟橋には伊良湖岬に向かう船も到着していました。すごく小さい船でした。近くにいって聞いてみると、「5分前くらいに来て、船の中で料金を払えばいいから」ということでした。

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狭い船室に乗船。船が小さいのですごく揺れるし、海面すれすれに座っているような感覚なのでかなりスリルがありました。神島は鳥羽市に含まれるのですが、距離的には伊良湖岬のほうが近いので、15分くらいであっという間に到着。

伊良湖岬にはさすがに大きなターミナルがあり、大きな売店もバスもタクシーもありました。結局そこからはバスで豊橋鉄道の「三河田原」という駅まで行き、そこから豊橋鉄道に乗って豊橋に到着。

新幹線で東京についたのは夜になりましたが、やはりほんの少しとはいえ「神島」に寄ってよかったと思いました。ただ、やはり少なくとも1泊はしたい。そして島一周のトレッキングをしないことには、本当に行ったことにはならないな、と思いました。

[神島  山海荘]
■所在地 〒571-0001 三重県鳥羽市神島町75
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商船向けの船宿として明治20年に創業 [鳥羽市 旅館 海月]

鳥羽市といえばまっさきに思い浮かぶのは「鳥羽一郎」だという人も少なくないと思いますが、私の場合は「真珠」と「海女」でした。ここも伊勢神宮と同様、高校時代に一度来ていますが、まったく記憶がありません。今回、伊勢から近鉄に乗って鳥羽駅についたのは3時くらいでした。

天気がいいので鳥羽湾がきれい。駅のすぐそばに「日和山」という小高い丘がありますが、ここは昔の漁師が天気を観望するのに絶好の場所だったのではないでしょうか。

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鳥羽での宿は「旅館 海月」を予約してありました。駅からも近く、「日和山」を背中にくっつけたような山の斜面ぎわに建っていました。

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まだチェックインには早かったのですが、駅のすぐそばなのでとりあえず行ってみました。この宿を選んだのは、宿のホームページで宿の歴史を読んだからです。 この宿がある通りは昔の鳥羽街道で、岩崎通りと呼ばれた主要街道だったそうです。

創業は明治時代で、船大工で棟梁の江崎久助さんという人が、日本伝統の木造船を造る造船所を立ち上げ、商売で江戸や上方、三河などを行き交う商人や船人が泊まる船宿を建てたのが前身ということです。宿のホームページには、昔の宿の写真も出ていましたが、実にいい感じです。

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宿のホームページには、昔の海女さんのようすも。写真はどちらもホームページからお借りしました。

宿の写真は、もう大正か昭和のような気がしますが、もしこんな建物で現在も営業していたら、本当に貴重な宿になっていたことでしょう。すでに建て替えられてこの写真の面影がないのは残念ですが、しかしそれだけの歴史を持った宿ということです。

一応宿の場所を確認した後、再び駅に戻り、駅に隣接した古びた商業ビルで食事をしました。近海の魚介類を出す店でした。この日は宿に夕食を頼んでいないので、3時くらいに食べてしまっても別に問題ありません。

ここで頼んだのが刺身の盛り合わせと大あさり焼きでした。

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この大あさりがあまりにもおいしかったので、今度はネギを加えて醤油焼きにした別バージョンの大あさりを追加で頼んでみました。

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これがまたおいしかったのですが、貝殻に出ている汁を飲んでやろうとして口を付けたら思った以上に熱く焼けていて、くちびるをやけどしてしまいました。店の人が出す時に「すごく熱いから気をつけて」といっていたのに、いいかげんにしか聞いていなかったのが失敗でした。

そのせいで唇を冷やす必要が生じたため、やむなく生ビールを3杯もおかわりしてしまいました。

このあとすぐにチェックインしても良かったのですが、宿方向に歩いていると、宿のすぐ近くで公開されている古民家を発見しました。こういうのを見ると、つい寄理道してしまいます。

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この家は鳥羽に町医者として長く住んでいた、「伊良子清白」という詩人の家だそうです。見学は無料。町医者をやっていたので診察室などもありました。私が中の様子をうかがっていると、「どうぞどうぞおあがりください」と、案内のおっちゃんが出てきました。伊良子清白という人はまったくの初耳で知りませんでしたが、「孔雀船」という有名な詩集の作者で、明治詩壇の鬼才といわれた人のようです。

この家の案内をしてくれたおっちゃんがいうには「伊良子清白の詩は文語調だったため、その後の自然主義のトレンドに乗り切れず、詩人としては、あまり評価されずに終わりましたが、その後再評価されました」ということでした。あちこちを漂白した末に鳥羽市に落ち付いて町医者をやっていたそうで、「鳥羽では詩人というより、医者として知られていました」ということでした。

この家が建っているのは、実際に住んでいた時とは違う場所なのですが、この家からも鳥羽湾の島々がよく見え、さらにちょっと角度を変えると、三島由紀夫の「潮騒」の舞台となった「神島」もはっきり見えるということでした。

とにかくこのおっちゃんは博識で、1階から2階にかけてマンツーマンで案内してもらいましたが、建物の構造から建築資材の特徴、さらに目の前に見える島の歴史や、江戸川乱歩が鳥羽に滞在していた話しなど、いろんなことを語ってくれました。本当におもしろかったです。ただ、あまりに熱心に説明してくれるので、内部の写真は撮り損ねてしまいました。とにかく、本当に住んでみたいようないい造りの古民家でした。

さらに歩いていくと、かの有名な「ミキモト真珠島」がありました。ここでは海女の仕事を見せるデモンストレーションなんかもやっているみたいでしたが、時間が遅いため入るのはやめておきました。その近くには鳥羽湾を遊覧する船も浮かんでいました。

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龍宮城だかなんだか知りませんが、どういうセンスなのでしょう。でも日本の観光地にはあちこちにこんな派手な遊覧船がありますね。鳥羽の海と龍宮城がどういう関係があるのか。よくわからないので、とにかくこれに乗ってやろうと思いましたが、発券所に行ってみると、最終の船がちょうど終わった後でした。

そういうことをしているうちに5時くらいになったので、「海月」にチェックイン。大女将なのか若女将なのかわかりませんが、とにかくとんでもない美人女将が登場。私は芸能人かと思ったくらいでした。言葉は暖かい感じの関西系アクセント。とても洗練された応対で、3階の部屋に案内してくれました。

宿自体は昔と違ってホテルのようなビルですが、部屋は20畳敷きの2間続きで、全体に古びてはいるけれど、私などはめったに泊まったことがないような立派な部屋でした。

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これだと広すぎて、私ひとりでは不便なくらい。ちょっと横になって休んでいるうち、けっこう時間が立って8時くらいになってしまいました。

そうなると、3時頃にビールとおつまみを食べただけで、まともな食事はしていないので、ちょっとお腹がすいてきました。それで、どこか近所でラーメンでも食べたようと思ってでかけることにしました。

宿の前の通りは昔の繁華街かもしれませんが、けっこう寂しい感じです。

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この通りには魚を食べさせる店は何軒もありました。ただ、午後に刺身と貝を食べたので、「できればラーメンがいいな」と思ってしつこく探していると、ついに発見。「中華食道 味一」。

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すかさず入ると店内はいい感じに寂れています。あとはラーメンが当たりかはずれか。

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普通のラーメンを頼んで出てきたのを見ると、スープの色はちょっと濃い感じがして、かまぼこが入っていたので、「和歌山ラーメン系の豚骨か」と思いました。それはそれで好きなのでいいのですが、食べてみると昔懐かしいシンプルな醤油ラーメンで、実においしかったです。チャーシューもおいしかった。ここのおやじ、店に入った時は中日スポーツかなんか読んでいて、あまり愛想は良くなかったけれど、ラーメンについてはただ者ではないと感心しました。

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これで無事食事も済んだので、ちんたら散策しながら宿に帰りました。女将さんが出迎えて「お風呂に入んなはれ」というので、すぐに4階大浴場に直行。このお風呂は翌朝にも入りましたが、海がよく見えて眺めのいい大浴場です。この日午前中は伊勢神宮付近を歩き回って疲れていたのかもしれません。すぐに寝てしまいました。

翌朝は7時30分頃に朝食を頼んであったので、食事処に行くと囲炉裏がいくつか切ってある大きな部屋でした。食事の内容はまあ普通だと思いますが、味噌汁にはやはりこのへんの物らしい海草が入っています。これが濃厚な磯の香りがしておいしかったです。

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フロントに降りてきて精算をしていると、女将さんが「お客さんはお仕事ですか? 今日はこれからどちらへ?」というので、「仕事で来たけど、もうとっくに仕事は済んで、遊んで歩いています。今日は東京に帰るつもりです。でも、どっか近くの島にでも寄ってみようかな」などと話していると「伊良湖まで行く伊勢湾フェリーが9月で廃止になるそうなので、乗ってみたらどうですか?」といわれました。

鳥羽から伊良湖岬へ。「その企画は、ただ電車で名古屋に戻って新幹線で帰るより、なかなかいいではないの」と思いましたが、どうせ船で渥美半島に向かうのなら、例の「神島」へ寄れないものか。三島由紀夫の「潮騒」は私の場合、小説よりも映画の印象が強いのですが、その舞台となった島。吉永小百合も山口百恵もこの島の若い海女の役で、純愛を繰り広げる名作です。小説では「歌島」という名前になっていました。

「神島に行くなら10時前くらいの市営船があるはずやから、今から行けばちょうどいいですわ」と美人女将がいうので、とにかく歩いて10分くらいの港に向かうことにしました。問題は島に渡ったあと、さらに伊良湖岬に行く船が都合よくあるかとどうか。さらにそこから新幹線駅である豊橋までのアクセスは大丈夫か?という点です。まあ港に行けばわかるはず、と思って行くことにしました。

出がけに女将がおにぎりを2個くれました。「趣味で作っているおむすびですけど、よかったらお持ちになりますか」と聞かれたので、ありがたくもらいました。これから孤島に渡れば、飲食店があるかどうかもわかりません。おにぎりを持っていればどれだけ心強いか。心から感謝して宿を後にしました。

港に行ってみると、旅客ターミナルもかなり古いのですが、なかなか大規模でした。いろんなルートの船が出ています。こっちにも変な遊覧船がいました。

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海女の像も置いてありましたが、地元の中学生か、あるいは観光客か誰かが乳首にいたずら。必ずこういうことやるやつがいますね(笑)。

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とにかくいろいろ時間を調べた結果、神島に行く船は10時40分頃に出るやつで「答志島」に寄ってから「神島」に行き、そのあともどって「管島」に寄ってから最後にまた鳥羽に戻るという周回船があることがわかりました。さらに神島からは伊良湖岬へは別の会社の観光船があるようで、おそらく神島では2時間ちょっとの時間が取れるということがわかりました。そうなればもう、気持は三島文学の世界へ。

ちょっと待ち時間があったのでターミナルのUFOキャッチャーなんかで遊びながら時間をつぶし、いよいよ市営の連絡船に乗って鳥羽を出港しました。

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このあと神島に寄ったのですが、その話は次回にします。

[旅館 海月](2010年8月宿泊)
■所在地 〒517-0032 三重県鳥羽市鳥羽一丁目10-52
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日本人の旅文化の原点を思わせる参道の木造3階建て [伊勢市 山田館]

伊勢にくるだけはきたものの、どういうふうに参詣していいのかさっぱりわかりません。宿で観光案内のリーフレットなんかを研究した結果、伊勢神宮には外宮と内宮があり、ちょっと離れているとか。どちらもかなりの規模らしいので、今回は内宮に参詣することにしました。とはいえ、伊勢市駅からは外宮は近いので、ちらっと寄ってみることにしました。

いずれにしても、どうも近鉄の宇治山田駅がバスの発着とか、いろんな観光の拠点になっているようでした。とりあえず伊勢市駅から近鉄に乗って行こうと思ったのですが、どうも地図を見る限り宇治山田駅まで歩いてもたいしたことはなさそうなので、だいたいの見当で歩き始めました。「星出館」から歩いて近鉄のガードを抜けると、今度はJRの踏み切りがあり、それをさらに超えていくと急に目の前が広がって宇治山田駅が目の前に現れました。

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思った以上に豪華で風格のある駅でした。登録文化財になっている古い建物のようです。伊勢市駅周辺よりも栄えています。伊勢神宮参詣の玄関口として古くから利用されてきたのでしょう。

駅の中も広々としていて、最近の駅にはないレトロな雰囲気があります。近鉄が奈良観光を宣伝するために置いてあった「せんとくん」の後頭部もついでに入れてみました。

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ここのコインロッカーに荷物を預けて、とりあえず外宮に向かって歩きました。このへんの家は古い民家もあり、近代的な新築住宅もあり、いろいろですが、どの家も玄関にしめ飾りを飾っており、「笑門」と書いてあるのが不思議でした。正月でもないのにしめ飾りを付けるのは、神宮のお膝元ならではの風習なのでしょうか。ほとんどすべてといっていほどの玄関に飾ってありました。

適当に歩いていると、突如としてにぎやかな外宮の参道に出ました。この道は伊勢市駅前にもつながっていて、きのうその入り口だけは確認していた参道です。ここにとんでもない立派な宿がありました。「山田館」です。

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木造3階建ての3連構造になった不思議な旅館ですが、見たところ営業もしているようです。「こっちに泊まってもよかったな」と思ったのですが、そうすると「星出館」に泊まることはできなかったので、難しいところです。でも今度伊勢にくるとしたら、この宿に泊まってみたいと思いました。

玄関口には昔の写真も展示してありました。

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いつ頃の写真かわかりませんが、見た目はそれほど変わっていません。この状態で営業を続けるにはかなりの苦労があったと思いますが、よくぞ残っていたものと感心します。あとで調べてみると、この家の創業者が宮大工で、自分で作った家だそうです。だいたい100年前のことだとか。場所もいいので、これからも繁盛していけばいいなと思います。

この宿を発見してすっかりうれしくなって、そのまま外宮まで行ってみました。しかしやはりかなりの規模があって、奥行きも深そうなので、今回は内宮にだけ参詣することに改めて決定。朝からすでに暑い中、あまり長い距離を歩くのはしんどいと思ったからです。

外宮の前から出ている内宮行きのバスに乗りました。観光客が多くてけっこう混んでいましたが、私は仕事のついでなのでスーツに革靴姿。荷物はコインロッカーに預けたのでカメラだけをぶらさげた、かなり場違いな感じでした。

内宮もそんなに遠くなくバスで15分くらいで到着。降りてみるとおみやげ屋や飲食店や赤福の売店なんかが並んでいて、すごくにぎやかな雰囲気でした。とにかく「参道で遊ぶのはあとにして、まずは参詣しよう」と、鳥居から宇治橋を渡っていよいよ伊勢神宮の領域に入りました。

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橋の下を流れている川は五十鈴川というらしいです。鷺なんかも遊んでいてのどかな雰囲気ですが、平日とはいえ観光客がけっこういます。

だいぶ歩いて御正宮に到着。途中には五十鈴川で手を洗うことができる川原もありました。お宮自体の写真撮影は禁止で、階段の下からしか撮影できないことになっていました。混んでいるとは思ったのですが、すぐに参詣できました。ふだんは順番待ちで時間がかかることも多いようなので、たぶんこのくらいだと空いているほうなのでしょう。

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ポケットを探ったら12円出てきたので、12円を賽銭箱に入れて、世界平和と人々の幸せを祈ってきました。だいぶ歩くことを覚悟していたのですが、木々が繁っている中なので、それほど暑さを感じませんでした。それにしても長い砂利道なので、革靴とスーツで歩いているマヌケは私くらいしかいませんでした。

途中の休憩所に鶏がいましたが、これは神鶏なので、いじめたりしてはいけないそうです。この休憩所で、神宮にまつわるいろんな行事のようすをビデオで放映していたので、休憩がてらしばらく見てきました。なかなかためになるビデオでした。

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さて、無事参詣も終わったことでもあり、ゆっくり参道である「おはらい町通り」を散策しました。すごくにぎやかな通りです。

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この道は五十鈴川に沿っているので、川原にも出てみました。きれいに整備されています。

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とにかく暑いので、熱中症を防ぐためにカフェに入りました。もういったんクーラーのきいた部屋に入ると、動くのがいやになります。

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さらに歩いていくとついに赤福本店を発見。一時は問題を起こしたりしましたが、繁盛しています。茶店では赤福かき氷もやっていて、大混雑。私はあんこ系にあまりこだわりがないのでパスしました。

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このあたりが最大の中心地でしょうか。昔から有名な薬屋さんの変わった建物もありました。屋根の構造が変わっています。真ん中に貯まる雨水はどこにいくのでしょうか。

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赤福の前に「おかげ横町」という脇道があったので入ってみました。ここも古い建物を使ったにぎやかな横町で、大勢の観光客が集まっていました。まだ昼前だったのですが、「伊勢うどん」というのをやっている「ふくすけ」という店を発見したので、食べてみました。

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なんだか全然コシのない不思議なうどんでしたが、非常にシンプルなので、いかにも昔のお伊勢参りの人々が軽食として食べたような歴史を感じます。長い旅をしてきた江戸時代の人にとっては、これでもごちそうだったのだと思います。

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さらにいろんな店を見て歩きましたが、芝居小屋のような「おかげ座」という建物は、昔の「おかげまいり」の様子を再現したテーマ館だというので入ってみました。かなりおもしろかったです。「おかげ座」の前には変な猫もいました。

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300円払って入場すると、おかげまいりの話をからくり人形と映像で説明してくれて、さらに2分の1縮尺の人形で「おかげまいり」の様子を再現した展示物を、解説しながら案内してくれます。すごくリアルでよくできていました。私は写真を撮ろうと思って、集団から遅れがちになってしまいました。

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障子に移る人影が踊りを踊っていたり、なかなか細かいところに気をつかっています。「施行」は、四国のお遍路さんみたいに、旅人に食事などを無料でふるまうこと。信仰が前提かもしれませんが、外来者を労る文化というのはいいですね。この空間では、まるでお座敷で「間の山節」でも聴いているような、不思議なタイプスリップ感がありました。

「おかげまいり」は、日本人の旅文化の原点かもしれません。一般人はなかなか旅もできない時代、各地に庶民的な宿場や街道が発達したのは、「お伊勢参り」という口実があったからでしょう。この時代の旅には現代人が見ても郷愁を感じる部分があります。危険を伴う苦しい長旅ですが、ここで再現されているような木賃宿や旅籠が、今でもあればぜひ泊まってみたい。

そんな感じで内宮周辺でだいぶ時間を過ごし、炎天下を歩き回りました。この日の泊まりは鳥羽なので、バスで宇治山田駅に戻り、電車で鳥羽に向かいました。すごく名残惜しい感じがしましたが、「山田館」という良さそうな宿を見つけたので、再訪する機会をぜひとも作りたいと思います。

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[伊勢市  山田館](2010年8月見学)
■所在地 〒516-0074 三重県伊勢市本町13-1
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伊勢神宮の参詣客でにぎわった河崎町の歴史を伝える町宿 [伊勢市 星出館]

今年三重県の伊賀市にいった時に、ついでに伊勢志摩方面にも行きたいと思いつつ時間がなくてあきらめたのですが、わりと早くその機会がやってきました。四日市と伊勢市に用事ができたので、2泊くらいして、お伊勢参りをしてくることにしたのです。

ルートは名古屋からJR関西本線で河原田駅まで行き、そこで用事を済ませて今度は伊勢鉄道に乗って伊勢市駅まで向かいます。伊勢鉄道の河原田駅は無人の渋い駅でした。やたらと天気がいいので、暑い中でも気持良かったのですが、この無人駅のホームで1時間近く待つのは疲れました。このへんの田んぼはすでに稲刈りを始めていました。

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伊勢鉄道は途中に鈴鹿も通るので、もしかしたらF1ファンには知られているローカル線かもしれません。これで津駅まで行き、またJRに乗り換えて、伊勢市駅に到着しました。伊勢市でも仕事があったのですが、夕方くらいまでに終了。再び伊勢市駅に戻りました。駅は伊勢神宮の「外宮」のすぐ近くにあるのですが、もう6時過ぎなので参拝は翌日にすることにして、宿に向かうことにしました。

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この日はネットで調べて「星出館」という旅館を予約していました。なかなか渋そうな宿。伊勢市駅はJRと近鉄の駅が隣接していますが、「星出館」は近鉄サイドから少し歩いたところにありました。途中河崎商店街という寂れたアーケードがあって、なかなかの雰囲気です。

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6時半頃に汗だくになって宿に到着。期待以上に渋い宿でした。木造2階建てです。入り口は唐破風屋根になっていて、古い看板なんかもなかなか風格がありました。

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宿の脇の道にも古い家が並んでいます。さすが伊勢。このへんも昔は栄えた町なのだそうです。

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宿は若い女性スタッフが中心で、部屋に案内する前にひととおりお風呂やトイレなんかを説明してくれました。ここは海外のガイドブックで紹介されているため、外国人のお客が多いそうです。だいたいこういう古い宿は日本人より外国人が価値を評価してくれる傾向がある気がします。

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あちこちの表示や説明書きもけっこう英語で書いてありました。日本のお風呂の入り方の説明書きもあったし、だいたいお風呂自体、普通のお風呂とは別に、シャワーだけの部屋があり、主に外国人が利用しているようです。

入り口には古い柱時計もあり、典型的な古い和風旅館の趣があります。もう、私の場合、もうこの入り口付近の雰囲気だけで、この宿にして良かったと思ってしまいます。

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2階にあがると渡り廊下があり、小さい中庭が見えます。そんなに広い敷地ではありませんが、凝った造りになっています。中庭には「水琴窟」という仕掛けがあって、竹筒に水を流すと音がします。ちょっとやってたら、確かに楽器のようなきれいな音がしました。

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2階には中庭を見下ろす渡り廊下。なかなかいい雰囲気です。

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私が泊まったのは下の写真のつきあたりの格子戸の部屋。

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部屋の中はこんな感じ。落ち付いた感じのなかなかいい部屋でした。

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部屋は宿の正面に面していて、窓を開けてみると、ちょうど唐破風屋根の上の部屋でした。部屋に案内してくれたスタッフの方の話しによると、このへんは「河崎町」という川に面した古い商業町に近く、昔は伊勢神宮に参詣する人を乗せた船や物資が集まってにぎわった町だそうです。「古い町並みが残っているので、散歩でもされたらどうですか?」というので、あとででかけることにしました。

「食事はどうされますか」と聞かれ、「とにかく先にお風呂に入りたい」というと、「確かにすごく汗をかいてらっしゃるので、そのほうがいいですね。お風呂は家族風呂で、今ちょうどあいていますからどうぞ」といわれました。食事はそのあと、7時くらいからにしてもらいました。

食事は1階の広間でとります。7時に行くとまだ誰もいませんでしたが、そのうち中年夫婦とその母親らしき家族連れ、若い女子2人組、白人の20代くらいのカップルなどが入ってきました。若い女子2人は大学生くらいの感じで、すでに廊下で会った時にちょっとあいさつしたのですが、なぜか浴衣をたくしあげて脚を出して着ているので興奮しました。最近はこういうのが流行っているのでしょうか???

白人外国人カップルのほうは、私とほぼ同時間にチェックイン。このカップルの女の子のほうがえらいもので、食堂に入る時に脱いだスリッパを、みんなの分も並べ直していました。今どきの日本人でもなかなできない行動。白人カップルとはいっても、かなり日本滞在の長い人なのかもしれません。

食事はこんな感じ。かつおのたたきと天ぷら中心で、あといわしの焼いたやつがありましたが、このいわしがなぜかすごくおいしかったです。少しタレをつけて照り焼き風になっていました。この宿は、ビールをアサヒ、エビス、キリンと一通りそろえているようで、なかなか気がきいています。

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食事のあと、いよいよ散歩に出動。古い商家町ならぜひ見たいと思ったのですが、もう町は真っ暗でした。

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古い家や蔵が並んでいます。蔵もカフェなんかに改造して営業しているみたいで、雑貨屋さんや菓子店などもありましたが、もう遅いのでしまっていました。開いていたのは古本屋さんくらい。すごく風情を感じる町並みでした。この付近に伊勢神宮参詣の客が川船で到着したということになると、昔はずいぶんにぎやかだったのでしょう。

この町の裏に昔は船が着いたという川があります。勢田川という川で、大きな橋もかかっていたのでちょっとのぞいてみましたが、暗くて何もわかりませんでした。

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この日は月がやたらと明るいなあ、という印象くらい。でも天気が良くて、月も星もよく見えたので、「星出館」に泊まったかいがあったと思いました。クレーターまでよく見える。

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1時間くらい歩いて宿に戻ると、宿の近くも真っ暗ですが、なかなか風情がありました。人通りはほとんどありませんでした。

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中庭の上を通る渡り廊下も、夜はいちおう閉められています。

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翌朝は男性スタッフも見かけたのですが、全体的に若い女性スタッフが多くて誰がご主人なのかわかりませんでした。でも、非常に応対がていねいで、行き届いた気配りのある宿。私は自分の家のようにすっかりくつろいで、早寝してしまいました。

翌日は朝食の後、いよいよ伊勢神宮参詣へ。

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見送りに出た男性に、「伊勢神宮から鳥羽に回る予定です」というと、パンフレットなんかをくれました。伊勢神宮というと、高校の時の修学旅行以来。あれからだいぶ汚れてしまった私の心も、今回の参詣で清められるのかどうか。とにかく朝9時くらいに宿を出発しました。

[伊勢市・星出館] (2010年8月宿泊)
■所在地 〒516-0009 三重県伊勢市河崎2-15-2
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クーラーなしで悶々とした一夜を過ごす。夕食には絶品ラーメンライス [尾道 佐藤旅館(後編)]

「佐藤旅館」に到着して、玄関口から声をかけても誰も出てこないので、同じ建物の別の方面にある食堂のほうに回ってみました。声をかけるとそこに女将さんがいて大量の洗濯物を畳んでいました。

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この女将さんは思ったより若い感じで元気が良く、ものすごく働き者でした。しかし一晩過ごしてみて感じたのですが、細かいところまでは手がまわらないというか、せっかちでものすごく動き回っているのに空回りしているというか、そんな印象を受けました。

部屋まで案内する途中、トイレの場所やお風呂の場所を聞きながら、3階の部屋に到着。想定もしていなかったのですが、クーラーがありませんでした。そのかわり扇風機がありました。「この暑い時期にしくじった」と思って逃げたくなりましたが、港にも近いこの家で、3階の風通しのいい角部屋だし、夜はすこしは過ごしやすいだろうと思い、あきらめました。

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それに古びた部屋の感じが、夏休みに海の近くにある田舎に帰ったような雰囲気で、なかなか好印象でした。現在、このブログのタイトルバックに使っております(笑)

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窓が開け放してありますが、それでも暑い。なにはともあれお風呂にいってみましたが、私が独り暮らしをしていたアパートの風呂よりさらに狭いようなユニットバスでした。お風呂あがりに食堂に行きました。食事は食事処になっている1階の店舗部分でとります。ほかに2人のビジネス客らしき客がいました。

食事は刺身と鯛のあら煮とサンマの塩焼きなど。港町らしい素朴なメニューです。しかし驚いたのは、ビールを飲み終わってごはんを頼んだら、出てきたのがラーメンライスだったことです。しかもかなり本格的な尾道ラーメン。あのしょっぱさがラーメンライスに最適です。この日の夜、宿を抜け出してラーメンを食べてやろうと思っていたのですが、その必要がなくなりました。

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旅館の食事でラーメンライスを食べたのは初めてですが、実に良かったです。この食堂だけはクーラーがきいていたので涼しかったし。

部屋に戻ると日は落ちているのにまだまだ暑い。窓を開け放っておくしかないのですが、電灯をつけると虫が入ってくる恐れがあるので、暗いままで過ごしました。テレビをつけて見ると、音声はするのものの画面は人影がわかる程度。古い室内アンテナなのでしょう。開け放した窓からはすぐ近くの山陽本線の線路を走る電車の音も聞こえてきます。

朝から歩き回って疲れてもいるし、もう早く寝るしかないな、と思い、扇風機を抱えながらうつらうつらしていると、つけっぱなしのテレビから聞こえる「えびぞうさ~ん、まおちゃ~ん、おめでと~~」という意味不明のフレーズが、夢の中でも延々とリピートされていました。

夜中にふと起きて、5分くらい歩いたところにあるローソン行きを決行。ペットボトルのお茶を凍らせたやつがあったので、「これは便利」とばかり、缶コーヒーなどとともに買って帰りました。それでも寝苦しさは変わりません。日頃エアコンをかけっぱなしの生活をしているので、ちょっと暑いと適応できないやわな現代人。

夜中にトイレにも起きました。トイレは2階にあります。もう深夜なのでパンツ一丁ででかけると、私の部屋に続く階段とは別の階段から足音がします。誰かおりてくるような、降りてこないような、逡巡しているような足音です。しばらくようすをうかがっていましたが、何者かの気配は消えないので、もしかして地縛霊か何かがいるのならチェックしてみようと思って、その階段を上がっていってみました。するとそこには食堂にいたほかの客が、やはりパンツ一丁で立っていました。トイレに起きたのですが、人の気配がするのでこの格好ではまずいと思って去るまで待っていたのでしょう。人騒がせなやつです。

そんなこんなで寝苦しい一夜を過ごしたあげく、5時前には起きてしまいました。早くも窓からは朝日が差し込んでいて、この日も暑くなりそうでした。

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寝苦しい一夜を過ごした夢の跡。扇風機はないよりましという程度でした。

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朝食も同じ食堂へ。朝からけっこうボリュームがあり、なかなかけっこうでした。このほかに後から納豆が出ました。食事中も女将さんは、冷たいお茶を持ってきたり、まだ食べ終わっていない食器を片づけようとしたり、店の前の植木に水をやったり、バタバタと動き回っていました。

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朝食後に女将さんに「この宿はだいぶ古いんですか」と聞いてみると、「94年」という答え。以下、その時の会話。

私「すると戦前からの建物ですか」
おばちゃん「そう、戦前になりますね。もう建物も古くて、直し直しなんとかやってますけどね。私は直接は知らないけれど、終戦直後は外地からの引き揚げ者で大混雑したと聞いてますよ」
私「ここは駅にも近くて便利だし、繁盛したんでしょうね」
おばちゃん 「そうでもないけど、元はこの宿のすぐ前を栗原川が流れていて、常連のお客さんはみんなすぐそこで釣りをしたりしてね。今は国道2号線の付け替えで、埋め立てられてしまったけど」
私「もしかして、こんな大きな宿をひとりでやってるわけですか」
おばちゃん「いやいや、主人はもう亡くなったたけど、近くで息子が料理屋をやっているので、忙しい時は人を出して手伝ってくれるから大丈夫。今度も20人くらい若い人の団体がくるけど、手伝いがきます。食事なしならいいけど、なにしろ食事の準備が大変ですからね。息子はいったん家を出たんだけど帰ってきてくれたからね。安心ですよ」

そんな話しを聞いてみると、少しのひまもなく働き続けている女将さんのおちつかない感じも、何となく許せるというか、逆に尊敬したいような気持になりました。年を取っても体が動くうちは働くという尊い気持。そのことが若々しさの維持につながっているのかもしれません。なるべく長くがんばってほしい。

この日は東京に帰ることにしていたので在来線で福山まで行き、新幹線に乗って一気に帰りました。福山の乗り継ぎで時間があったので、お城も見学。こっちは再建とはいえ歴史的背景をもった立派な城でした。福山駅の名店街には変なさるがいたので思わず写真を撮ってしまいました。

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売り物ではなかったけれど、この猿ほしかったな~。尾道にはぜひまた行きたいと思っています。

[尾道・佐藤旅館](2010年7月宿泊)
■所在地 〒722-0037 広島県尾道市西御所町3-1
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クーラーなしで悶々とした一夜を過ごす。夕食には絶品ラーメンライス [尾道 佐藤旅館(前編]

大崎上島からフェリーに乗って竹原に到着。時間帯はお昼過ぎくらいで、竹原の港には竹原駅を通るバスがいたのですぐに乗り込みました。まったく初めての町。広島本土に上陸したのでひと安心です。駅に向うバスの車窓から「日本橋旅館」というすばらしい宿を発見。営業しているとしたらぜひ泊まってみたいところです。

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竹原駅前にもいくつかいい感じの宿があり、なかなかの古い町だということがわかります。駅で調べると呉線の普通列車には1時間くらい時間があったので、ここで軽くお昼を食べようと駅前商店街を歩いてみました。結局あまり店はなく、ようやく見つけた寿司屋に入りました。

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お昼時でしたがほかに客はなく、おばちゃんが「今日は蒸すねぇ」というので、そういわれてみればそうだと思って生ビールも飲みました。いわれなけばビールを飲み忘れるところでした。この日は朝から歩きまわっていて汗をかいたので、ビールがすごくおいしい。

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この日は尾道に泊まるつもりになっていたので、旅館のリストを見て、駅から3分という便利な立地の「佐藤旅館」というところに電話してみました。すごく元気な感じのおばちゃんが電話に出ました。

私「今日、お願いできますか。ひとりなんですが」
おばちゃん 「泊まりですか。大丈夫ですよ。食事はどうされますか」
私「お願いしたいんですけど、到着時間がよくわからなくて、もしかしたら6時過ぎるかもしれない」
おばちゃん「遅くても大丈夫です。そしたら到着してひとっ風呂浴びて、それから食事ということでいいですね」
私「そんな感じでお願いします」
おばちゃん「部屋は6200円の少しゆったりした部屋と、6000円の部屋が空いていますけど、どちらにしますか」
私「じゃあ、広いほうでお願いします」

あっさり宿が取れたのでひと安心。午後は尾道に移動してゆっくり過ごすことにしました。竹原駅からJR呉線で三原まで出て、山陽本線で尾道に。時間的には1時間かそこらだったような気がします。

尾道駅について観光案内所で市内の地図をもらい、ふと山を見上げると天守閣らしきものが見えました。「尾道に城なんてあったっけ?」と思いましたが、あとで調べると観光天守で、すでに廃墟化しており、廃墟マニアの間では有名な物件らしいです。歴史的な背景は何もないけれど、異様に目立つ存在感。弘前城をモデルにして作ったということです。建築時に誰も反対しなかったのでしょうか。

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何はともあれ、ついにあこがれの尾道に到着。20歳過ぎくらいの時にバイクで通り過ぎたことはありますが、じっくり散策するのは初めてです。市街地のすぐ前が海で、さらに狭い海峡の向こうに島々。私の育った環境ではまったく目にすることがない珍しい風景で、それだけでも異文化エリアにきたという感じがします。古代から中世には、漁民や海賊がこの海域を自由に行き来していたのでしょうか。

私の世代で尾道というと、普通は大林宣彦監督の「尾道三部作」を連想するのですが、私はむしろ「東京物語」の世界にあこがれるので、そっちのモノクロ風景を思い起こしてしまいます。

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この映画の原節子は、リアルでは知らないけれど実に良かった。行き場所のなくなった義理の両親を東京のボロいアパートに迎えて、隣から借りてきたお酒をごちそうするシーンとか。もちろんさりげなく出てくる尾道の風景も。

実際に尾道の町についてみると、どうしてこんな平地のないところに大きな町ができたのか不思議な感じがしました。町の背後はすぐ山になっていて、平坦な土地は海に沿った非常に細長いエリアしかありません。

そのかわり、すぐ対岸に島があります。島にも平地は少ないですが、全般的に気候が温暖で住みやすい土地だったのでしょう。安全な海もあり、魚介類もたくさん取ることができたはずです。そういうことで古くから人が住み着いたのでしょうか。

市街地に向かってちょっと歩くと、やはり古い町らしくいい宿を発見。「旅館泰平館」。営業しているみたいなので、こっちにすればよかったかなと思いました。

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後ろ髪を引かれつつ、さらに少し海沿いに歩くと、対岸の向島に行く福本渡船の乗り場がありました。できたらちょっと渡ってみたいなと思って看板を見ると、運賃は60円。運航時間は「ひんぱん」と書いてありました。

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確かによく見ると、すぐそこに向島側の船着場が見えていて、泳いでもすぐ行けそうな距離です。すでに船がこちらに向かっているのが見えたので、たいして待たなくても乗れそうです。

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土地の人の気軽な足として昔から利用されているのでしょう。料金も安いし面倒な手続きもありません。ただ船に乗り、向島側で60円払うだけです。向島側の料金所は崩れそうな小屋があるだけでした。人が乗るスペースは両サイドの細長いベンチ。なかなか合理的にできています。この時の乗客は主婦とか、高校生が多いような気がしました。

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向島から見た尾道の市街地。山にへばりついた町だということがよくわかります。例の天守閣も見えます。

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桟橋付近には温泉宿や住宅がありましたが、あとは大きな造船所があるばかり。ちょっとそのへんを一回りしてすぐに市街地に戻りました。そしてしばらく歩くと、またも別の船乗り場を発見。こっちは尾道渡船。100円と少し高くなっていますが、渡った先に映画「あした」のロケ地などがあるというので、この際、こっちにも乗ってみました。

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こっちの船のほうが、向島の中心街に近いところに着くようで、ターミナルも大きく、ロケ地の跡や、すごく風情のある古い町並みもありました。この町並みも探求したかったのですが、向島はけっこう大きい島なので、ゆっくり見学するには時間が必要なようです。今回は尾道市街に集中することにして、三たび尾道市街に戻りました。

次に向かったのが、千光寺新道という坂道。石段の上に、志賀直哉が一時住んでいた長屋の跡が残っているというので行ってみました。途中の石段も大林映画「転校生」などのロケに使われたそうです。坂の途中の迷路のような坂道は、まさに「尾道三部作」で見たような風景でした。

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志賀直哉の旧居は、眺めのいい高台にあって、付近は公園になっていました。坂の上で車も入れないような不便なところですが、でも景色はいいし住む場所としてはすごくいい感じのところでした。現代人としては、大型冷蔵庫やグランドピアノなんかを買った時はどうやって運べばいいのか、考えてしまいました。

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毎日こんな景色を見て暮らせたらどんなにいいか。この日は夏らしいまぶしいような晴天。でも雨の日なんかも風情がありそうです。回りには寺もいくつかあるので夕方には鐘の音が大きく響きそう。内部も見学できるようなので入ってみるとこんな感じでした。

6畳と3畳の続き間と、かまどくらいしかありません。でもすごくいい感じの長屋です。縁側から港の風景が眺望できます。昼寝なんかしたらすごく良さそうです。ここの留守番をしていたおっちゃんがいろいろ解説をしてくれたあと、「外は暑いで、まあちょっと休んでいきませんか」というので、入り口付近のベンチで少し話しをしました。

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私は志賀直哉という人は「暗夜行路」を読んだだけで、それ以外どんな小説を書いていたかもよくわかりません。おっちゃんの話しによると、親とケンカしたか何かで突然東京を脱出し、知人の紹介でこの家に移り住んだそうです。食事などの世話は長屋の隣に住む老夫婦の奥さんがしてくれたそうで、そうであれば炊事の心配もないし、のんびり暮らせたのかもしれません。「志賀先生の小説は、難解な表現がなく、とてもわかりやすいといわれています」といってました。そういわれても、まったく覚えておりません。この家で書いたという短編を含む文庫本が、ここの売店に置いてあったので一冊買ってきました。

私もこんな家に1か月くらいでも滞在してみたいと思いました。パソコンがあればなおいいですが。

そのあと山をおりて再び市街地のアーケード街を散策。古くからの商店街のようで、渋い店が多く、銭湯を改造したおみやげ屋もありました。

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尾道というと林芙美子もゆかりがあるそうです。林芙美子も「放浪記」を読んだくらいで名前しか知りません。私の中では森光子のイメージしかないというか‥。林芙美子の両親が旅商いをしていた関係で子供時代は山陽地方の木賃宿を転々とし、尾道では少し落ち付いて学校にも通ったそうです。事実上の故郷。だからこんな銅像がありました。

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さらに「喫茶 芙美子」もありました。暑くて何か飲みたかったので、ここに寄ってかき氷を注文。昔のカフェーの女給みたいなコスプレをした店の女性が「林芙美子が住んでいた部屋が保存されているので、よろしければ見ていってください」というので、喫茶店の裏にあるボロ部屋を見学しました。2階には執筆をしていたという部屋もありました。

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志賀直哉の旧居といい、今はめったに見かけないボロい部屋ですが、落ちつける感じがします。つい最近の終戦直後までは、こんな家が当たり前にあったのだとつくづく思いました。

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そういうわけで、いろいろ市内を歩き回っているうちに6時を過ぎたので宿に向かいました。「佐藤旅館」は駅のすぐ近くですが西側にあたり、市街地は東に広がっているので反対方面になります。

外観はこんな感じ。木造3階建ての古そうな建物ですが、あちこち手を入れているらしくそんなに古く感じませんでした。

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今から思えば、3階の窓が開いている部屋が、私が寝苦しい一夜を過ごした部屋ということになります。今回はあまりにも写真が多いので、続きは後編に持ち越します。

[尾道  佐藤旅館](2010年7月宿泊)
■所在地 〒722-0037 広島県尾道市西御所町3-1
■楽天トラベルへのリンク→佐藤旅館
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