このあいだ、大阪の藤井寺に行く用事がありました。藤井寺といえば古墳時代の遺跡がたくさんある、あこがれの土地です。古代には内海だった大阪平野の縁にあたり、おそらく古くからの人口密集地。

私はなぜか昔から古墳が好きで、歴史のある地方に行って小高い丘を見ると、すぐに古墳ではないかと思ってしまうほうです。このあたり一帯のいわゆる「古市古墳群」は、そういういわれのわからない古墳とは違い、泣く子も黙る超有名な「応神天皇陵」をはじめ、前方後円墳は31基もあり、そのほか円墳や方墳などを入れると100基以上の古墳があるそうです。

kohungun

写真は大阪府のウェブサイトからお借りしました。もう古墳の中に住宅がある感じ。こんなところに実際に住むのはどんな気分なのでしょうか。

そういうわけでいろいろ期待してでかけたのですが、諸々の都合によって、この日は日帰りしなければならなかったため、宿探しはあきらめていました。しかしなるべく早めに行って、少し周辺を散策しようと、新大阪から地下鉄御堂筋線、近鉄南大阪線を乗り継いで藤井寺駅に到着。時間は2時くらいでした。

DSCN2001

駅前はあまり店もなくちょっと寂れた感じだったのですが、着いてみて地図を確認して思ったのは、あの栄光の「藤井寺球場」跡地がすぐ近くだということ。

いわずと知れた、今はなき近鉄バッファローズの本拠地。ボロ球場といわれながらも、近鉄黄金時代の足跡を残す超有名な球場です。もう無くなったのだろうとは思っていましたが、再開発されて住宅地や学校になっているようです。駅からすごく近いのでとりあえずいってみることにしました。

その途中でみつけたのが「春日屋旅館」です。駅から球場跡地に歩く並びにあり、その手前には「千成家旅館」というのもありました。どちらも近代化されたビル建築になっていますが、おそらくもとは歴史のある古い宿ではないかと思います。

DSCN2004
DSCN2005

「春日屋旅館」のすぐ隣に見える建物が、藤井寺球場跡地。そうすると、プロ野球が開催されていた頃は、絶好の立地の宿としてはやったことだろうと思います。

球場跡地には当時の面影はまったくありませんでしたが、野球小僧?の像が建てられていました。

DSCN2009
DSCN2008

後ろは学校のグラウンドでしょう。近鉄というチーム自体がなくなったのでしょうがないのですが、あのころのバッファローズはいいチームでした。セリーグは広島が強くて、江夏にやられた日本シリーズもありました。今から思うと、相当時代を感じます。

なんとなくしみじみした気分で駅に戻って、遅いお昼ごはんを食べようと思ったのですが、本気で探してもあまり店がなく、結局駅ビルに入っているイタリアントマトでパスタを食べました。

DSCN2018

そんなことをしているうちに夕方になり、時間もなくなったので仕事先に向いました。この日は、5時からの用事で、終わったらすぐ帰らなくてはなりません。藤井寺駅から近い古墳のひとつでも見学したかったのですが、球場跡地で遊んでいたせいで、そんな時間もなくなってししまいました。

駅から羽曳野方面に向ってタクシーに乗りました。羽曳野市という地名は、高校野球ファンなら、PL学園の校歌でおなじみ。「若人の夢  羽曳野の~  清丘清くはぐくみて~」などと小さく口ずさんでいると、タクシーの窓の左手に小高い丘が見えました。運転手さんに「あれはもしかして古墳ですか」と聞くと「仲哀天皇陵だけど、このへんではミサンザイといったりするね」と教えてくれました。

「ミサンザイ」などという怪しい名前で呼ばれているのは、いかにも仲哀天皇良陵らしい感じ。神功皇后の夫とされていますが、神話では神の祟りで突然死してしまったという、実在自体が疑われている天皇。でもお墓があるからには、ここに誰か当時の権力者が埋まっているはです。こんなのがそのへんの街中にあるわけですから、藤井寺や羽曳野というのもすごいところです。

一応今回は素朴な旅館も発見したことでもあるし、ぜひ一泊するつもりで再訪し、徒歩で古墳めぐりをしてみたい。つくづくそういうことを思いながら、帰りの電車に乗りました。

DSCN2080

[春日屋旅館](2010年11月見学)
■所在地  大阪府藤井寺市春日丘1丁目10-37
人気ブログランキングへ にほんブログ村 旅行ブログ 温泉・温泉街へ