大崎上島の木江港に歩いて到着。昨夜は船を降りて、すぐに迎えの車に乗ったので、周辺をよく見るひまがありませんでした。あらためて見ると、船着場の正面に待合室とチケットを販売する窓口があり、その角を入る道が中心市街地に続いているようです。

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この通りを少し行くと左横に入る路地を発見。ここに観光案内看板が出ていたので、入ってみることにしました。昔は栄えた町並みだということです。古い町並みはそれなりに有名なようで、あとでネットで調べると、けっこう記事がありました。

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路地を入るとすぐにここはとんでもないところだとわかりました。海に沿った幹線道路と、海岸に迫っている山にはさまされた裏通り。古い家がいくらでも並んでいました。まずいきなり崩れかけた廃墟出現。

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何か商売をしていた家かもしれません。続いて食堂跡。看板はほとんど読めませんが、中華そば、うどんなどと書いてあります。その並びは商店の廃墟でしょうか。

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さらに古い町並みは奥へと続いています。海岸沿いを歩いている時はまぶしかった日射しが、狭いこの通りではあまり差し込んできません。ちょっとひんやりと薄暗い感じの道が続きます。

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「CAFE RUMI」は看板のあとだけ残っていました。明らかに商売はやっていません。しかしこの通りは、繁華街というより、昔の歓楽街のにおいがします。

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旅館も2軒続いてあったのでびっくり。こんなのがあるとは知りませんでした。

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「玉屋旅館」と「三島屋旅館」です。こんないい宿があるという情報はどこにもありませんでした。しかし問題は営業しているかどうか。誰か住んでいる感じだし、営業しているならぜひとも泊まってみたい宿でした。もう一泊この島に泊まってもいいというくらい。

向かいの八百屋で現地の奥様方が井戸端会議をしていたので、聞いてみました。

私 「この家は今でも商売してるんですか?」
おばちゃん 「いやあ、もうやってない。みんな年取ってしまった(笑)」
私 「そうですか。それにしてもなかなかおつな通りですね」
おばちゃん 「昔はすごくにぎやかなもんだったよ」

しばらく旅館にみとれていると、そのうちの一軒からばあちゃんが出てきて、どこかへ出かけていきました見ているとさらに細い路地を海側に曲がって、ゆっくり歩いていきます。しばらくすると戻ってきました。いったいどこをお散歩してきたのでしょうか。

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このばあちゃんは、宿の女将をやっていた人かもしれません。まだ元気なんだから旅館をやってくれればいいのに、などと勝手なことを思いました。

とにかく残念なことです。木造3階建てで手すりのついた渋い家もありました。クモの巣がはってましたけど、けっこうゴージャスな造りなので、娼家か何かだったのかもしれません。2階の手すりから遊女が手を振っていたら、船乗りのにいちゃんたち、大興奮だったでしょう。

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飲食店などもほとんど廃墟化しており、営業している店は食堂が1軒あるくらいでした。

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食料品はいくつか現役で商売をしていて、「木江食料企業組合」という不思議な店もありました。狭い路地をはさんで向かいの建物との間に青いテントを張って、日射しを防いだりしています。ゴーストタウンのようにも見えるこの路地にも、まだ実際の生活が生きていることが感じられます。

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ずっと行くと、再び海岸沿いの道に出たので、また同じ路地をもどって、今度はさらに裏に入ってみました。金比羅様の神社もあって、石段を上がって振り返ると路地の間に海が見えます。家と家の間は細い路地になっていて、現代の日本とは思えない、なつかしい雰囲気がただよっていました。金比羅様に上がると、すぐそばの海を見通すことができます。

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風情というより、凄惨な感じがする廃墟もありました。時代が変わって、たくさん来ていた船乗りが来なくなったので、そのまま放置されてしまったのでしょうか。

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こんな家をいくつも見ながら、もともとの大通りに戻ると、周囲が急に明るく感じ、夢から覚めたような気分でした。「タイムスリップしたみたい」などとよくいいますが、本当に明治、大正の歓楽街そのままではないでしょうか。時間帯はまだ朝でしたけど、夕暮れ時に軒先の古い電球が灯り、歓楽を求める船乗りたちが、にぎやかに集まっているようすを想像してしまいました。

あとで調べたところ、幕末からすでに風待ちの港としてそれなりににぎやかな港だったようです。また木造造船も大正時代には需要が多く、繁栄していたようでした。

確かに今の高性能の船にとっては、風待ちの港など不要だし、海運自体、陸上輸送にずいぶんとって代わられています。島の歓楽街が成り立っていく背景が失われてしまったのでしょう。でもその当時の雰囲気がそのまま残っているのは、本当に奇跡的だと思います。

[玉屋旅館](2010年7月見学)
■所在地 広島県大崎上島町木江地区
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